近畿・四国・九州・山陰 編 ~西へ~(1)1日目①は、→こちら
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めし屋を探しながら走ると、ピンとくるイイ感じの店を発見。UターンしてIN

中華そば やまと(愛岐大橋北側)
着丼と同時に魚と醬油のイイ香り。
スープを一口すすると魚が前に出た複雑な味。おそらく「節(鰹と鯖?)」「煮干」
「昆布」動物は「丸鶏」「鶏ガラ」に軽く「豚骨」甘味は「玉葱」からかな。
中中黄波麺は特筆すべき所はないが、スープとの相性は良く、好みでもあ
るので旨い。セットのご飯も中々で、総合的に良い店でした。近所にあれば、
週1ローテ入りは間違えなしだな。

しょうゆそば+チャーシューごはん


満足満腹ご機嫌で到着した先は「尾張國一宮 大神(おおみわ)神社」です。

拝殿


拝殿前の二対の狛犬


尾張國一之宮 大神神社の由来
社格 延喜式内社・旧郷社
祭神 大物主神
崇神天皇の御代、疫病が流行したときに天皇が祀った神々の一柱。大和の國一の宮大神神社の祭神で、三輪の神とよばれ、大國主神(大國様)の別名がある。
大和の大神神社と同じく、大和系の人々が三輪の神を祀ったことにはじまるといわれる。鎮座地の花池は水が美しく、蓮田が多く、毎年熱田神宮に奉納する蓮が咲く沼であった。
奈良時代に國司が赴任して、國中の神社を代表として、國府宮の「尾張大國霊神社」を尾張の總社に指定、次いで花池の「大神神社」と「真清田神社」をまとめての「相殿・対の宮」と言うことで「尾張の一の宮」に指定した。「文徳実録」「尾張國帳」には従一位大名神とあり三宮明神、三明神へ神宝として珠・鏡・矢と三種の御証印があったと称せられ、延長5年延喜式神名帳には式内社とあり、勅祭神社であったことが判る。
尾治の國中には、大名神八座、小一二三座あって、当時の大名神八座の内の一座である。
-案内板より


瑞垣内に摂社が鎮座しておりました。

左脇社(神明社・白山社)

右脇社(三島社・六所社)

招魂社

尾張国一宮 大神神社
御朱印

大神神社は、神職が常駐しておらず、市内の大神社の神職が兼務している。
との張り紙があったので「大神社」へ。

拝殿手前には、大神神社と同様に「蕃塀」がありました。

大神社(おおじんじゃ)は、式内社(名神大社)で旧社格は村社です。

ご祭神は、
神八井耳命(かむやいみみのみこと)
-神武天皇(初代)皇子で、多氏祖とされます。

式内社 大神社
御朱印
参拝中にとうとう雨が降ってきました。
つづく
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