[正論(50)~無防備な日本の土地管理制度①~のつづき]

■「誰の土地なのかわからない」 懸念される資産の不明化

 長崎県の対馬は、九州と韓国の間の対馬海峡に浮かぶ島で、古代の文献にもたびたび登場する、日本史上重要な島だ。博多港から航路で132km、韓国までは直線距離で49.5km、韓国に近い「国境の島」でもあり、かつては日本屈指の水産業が盛んな島だった。しかし近年、魚価が低迷し、漁業では生活が成り立たなくなったことから、島を出て行く居住者が増えている。

 居住者の流出とは対照的に、韓国からの人や資本の流入が顕著になっている。長崎県観光統計によれば、対馬を訪れる観光客は2012年の87万人から2013年には98万人と、12%も増加した。そのうち、海の航路を使った韓国人観光客の数は2010年の5万9000人から、18万5000人に急増した。

「韓国人観光客が増えたことで、これを当て込む商売が増えている。街中にはハングルの書かれた小売店や免税店、ホテルなどが目立つようになった」(対馬市役所)という。

 他方、この対馬では、韓国との軋轢が近年よりいっそう顕在化している。2007年、美津島町の自衛隊施設の隣接地に韓国資本のリゾート施設ができた。2012年には対馬の重要文化財「銅造如来立像」や長崎県指定文化財の「観世音菩薩坐像」が韓国窃盗団に盗まれた事件は記憶に新しい。2013年には、韓国京畿道議政府市議会が「対馬は韓国の領土」と主張し、対馬の領有権を扱う特別委員会の設置を決議した――実に枚挙にいとまがない。

 韓国資本のリゾート施設完成は少なからずショックを与えるものだったが、離島で行われる土地の売買には都心部とは異なる動機が垣間見られる。離島研究の専門家はこうコメントする。

「対馬の有効求人倍率(*)は0.24まで下がった。仕事がなければ島にいても仕方がないと、若者は出て行ってしまう。漁師の中には将来に展望を描けず自殺を図る者もいる。土地売買が行われる背景には、こうした島の現実がある」

 今後、“第二の美津島町”といわれるような現象が起きないとも限らない。そしてこの結果、生じる懸念が「土地資産の不明化」である。仮に、対馬の土地を買った韓国人がいたとしよう。彼らがもし土地登記を怠れば、誰の所有なのかを特定することができなくなってしまうのだ。

 日本における権利の登記は第三者への対抗力を持たせるためのものであり、そこに義務はない。だからといって登記がなされなければ、固定資産税が課税できなくなるうえ、いずれ転売が進めば「誰の土地なのか」が不明になってしまう。現に、日本ではこの問題は深刻化しており、国土交通省は所有者不明の土地について「2050年には森林・農地だけで最大57万haに上るだろう」と警戒する。

 外国資本への土地売却については、近年の国際情勢からしても、重要な関心事であるが、それにしても情報が錯綜している。実際はどうなのだろうか。

■対馬の土地買収は「合法」 実態把握すらままならない現状

 対馬市役所によれば、現状では「韓国人による所有は全市の0.0036%」にとどまっているという。だが、問題なのはこれが正確な数字であると言い切れないところだ。売買後に登記がなされていない懸念も払拭できず、実態と統計上の数字に乖離が存在する可能性は否定できない。

 一方、対馬の土地買収を冷静に考えれば、彼らの行為は法律に違反しているとはいえない。美津島町の自衛隊施設の隣接地にしても、真珠加工工場の跡地を競売というプロセスを通して取得している。対馬市役所は次のようにコメントしている。

「日本の土地を外国人が買ってはいけないわけではない、条例もそれを規制してはいない、そんな中で何が法律に違反する行為なのかが明らかになっていない」

 対馬市では過去にも森林売却が物議を醸した経験から、2012年に「対馬市森林づくり条例」を制定、第7条で「森林所有者は、森林を売却又は譲渡する場合は、事前に市長に届けるものとする」と規定し、「事前の届け出」をさせることで、実態把握に乗り出した。それが現状で可能な、せめてもの対抗措置だ。

 現状に適した枠組みや法律を作らずして、「外国資本に買われた」などと騒いでいる我々の方がむしろ愚かだということだろう。例えば、アメリカには対米投資委員会があり、外国からの投資や買収を歓迎しつつも、「安全保障に脅威」とするものについては、その投資を勧告の上、シャットアウトしている。日本にはこうした機能すら存在しない。

 ちなみに、かつて日本には大正年間に制定された外国人土地法という法律があった。勅令により、伊豆諸島、小笠原諸島、対馬、沖縄諸島、南樺太、千島列島など、旧領土を含めた離島や、軍事施設や要塞の周辺について、外国人が取得する場合は、陸軍大臣と海軍大臣の許可を必要とする内容のものである。しかし終戦と同時に勅令が廃止となり、法律としての実効性は失われている。

 離島はエネルギー資源の保全や安全保障上の重要な拠点という役割も担う。その離島を積極的に保全・管理していくという取り組みが、ようやく国を挙げて動き出してきた。

■ようやく腰を上げる国の取り組み 法整備はまだこれから

 今年1月、政府は、領海の範囲を決める基点となる離島のうち、所有者のいない約280の離島を「重要国土」として国有化する方針を決めた。また8月1日、日本の領海の範囲を決める基点としている国境離島のうち、名前がなかった158島の名称を決めた。また自民党はこの秋、国境近くの礼文、奥尻、佐渡、隠岐、対馬、与那国などを特定国境離島に指定する議員立法を臨時国会に提出する方針だ。これらも保全・管理のための取り組みの一環である。

 離島が抱える問題は、ひとつの側面からだけでは語れない。移動の上での不便の他に、産業の低迷、人口の減少、居住者の高齢化など、さまざまな問題がある。冒頭のKさんが言うように、「何をするにも不便」という生活インフラの未整備もそのひとつだ。さらに無人島ともなれば目が届きにくく、管理もままならない。誰かが無断上陸しても気づかれないことすらある。

 一方、油断できないのは、民法で「時効による取得」が認められていることだ。「所有の意思を持って他人のものを占有」していると、10年後には「その人のものになってしまう」(*)のである。国境離島は重要な国土であることには違いないが、いかんせん目が行き届かない。無断上陸して10年――、その恐ろしい結末は考えたくはないが、そうならないためにも法律でしっかりと守ってほしいところだ。

 今回の取材を通して感じたのは、外国資本を脅威とする以前に、実態を把握できない無防備な状態こそが脅威なのではないか、という点である。また、日本という「島国」を俯瞰すれば、都市部では再開発における立ち退き問題や、相続人を失った空き家問題などの諸問題の多くが、現行の土地管理制度が現状にそぐわなくなっていることに起因するのも否めない。今後の焦点となるのは「土地取引におけるルール作り」ではないだろうか。現状に適した法改正や制度構築なしに、その先の展望は見込めないだろう。
(ジャーナリスト 姫田小夏)[DIAMOND online]

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