元 大蔵・財務官僚で、経済学者・高橋洋一氏(嘉悦大学教授)の論、

省庁の中のトップ、泣く子も(増税にて)黙(らせ)る財務省の悪事に対する追及です。


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高橋洋一の俗論を撃つ!


“答えありき”が疑われる財政の長期推計
「詠み人知らず」の報告書を出す財政審の実態


4月28日、財政制度等審議会財政制度分科会が開催された。そこで、同分科会の起草検討委員から、「我が国の財政に関する長期推計」が報告された。
(本文は財務省サイト参照)

 マスコミでは「2060年度 債務残高は8000兆円余に」と報じられ、この数字が政治家の間に流布している。一部からは、財務省が財政危機を煽り、また増税キャンペーンに乗り出したと意見もあるが、どうなのだろうか。

[かつては委員に「おいしい」調査出張も]

  財政制度等審議会は、霞ヶ関の数ある審議会の中でも、財務省による「統制」がとれているモノとして有名だ。さすがに今ではあり得ないだろうが、かつては委員の発言も事前に財務省官僚が振り付け、分刻みで予定通りにスケジュールが進行していた。もちろん、このために事前リハーサルがあったこともある。

 財政制度等審議会は、さすが財務省なので運営予算もたっぷりある。それを使って、委員を国内外に派遣する調査出張が組まれている。この調査は、委員から「おいしい」といわれている。はっきりいえば、「アゴ足つき」旅行である。調査出張の報告は、同行する官僚が書いてくれる(調査出張の前に報告書ができていることもしばしばだ)。すべての日程は官僚が用意してくれて、委員はそれにしたがっていればいい。この出張は、学者には特に評判がいい。官僚が書いた調査出張の報告を自分の業績としていた人もいた。

 こうした慣行が今でも続いているかどうかはよく知らないが、調査出張は年中行事になっている。2月から3月にかけて、欧州に時期をずらして3名、米国に1名の委員が調査出張して、4月16日と28日の会合で報告されている。

 こうした出張は、学者から見れば勉強の機会であるが、官僚から見れば学者と個人的に懇意になれる機会であり、官僚によっては学者の人間関係や思いがけない秘密情報を入手する猛者もいる。いざというときに、そうした情報は頼りになることもあるので、出張期間中の出来事は、しっかりと官僚組織のメモリーに記録される。

 本コラムでは、そうした話をこれ以上書くつもりはない。筆者は、いい報告をしてくれれば国民のためになるので、審議会で公表された報告書だけで判断したい。

[「起草検討委員」とは誰なのか]

 冒頭に掲げた報告書は、欧州の出張の成果であるが、提出者の「起草検討委員」とは誰なのか、提出資料からわからない。財政制度等審議会は、建議書を出すときに、その文案の「起草」委員が指名される。しかし、「起草検討委員」とはどうことなのだろうか。はっきり提出資料に氏名を明記すればいいのに、書かれていないのは不思議だ。

 もっとも、建議書も実際の文面は財務省官僚が書いており、「起草委員」でさえお飾りともいえる。少なくとも、財務省官僚の意向に反した建議書はありえない。これは、どこの官庁の審議会も似たり寄ったりである。だから、審議会は役所の隠れ蓑、審議会委員は御用学者といわれるが、それはおおむね間違っていない。

 報告書の内容は、膨大な計算結果であるので、とても、委員個人で書いたモノとは思えない。

 実は、筆者は理系出身であったので、この種のシミュレーションはよくやらされた。例えば、郵政民営化の際、郵政経営がどうなるのか、民営化法案に即していくとどうなるのか、政府として計算したことがある。これは政府の試算であったので、政府の一部門である郵政民営化準備室名で公表されたが、筆者が責任者としてまとめたので、国会などではそのように説明した。実際には、10人くらいの民間からの出向者に助けてもらって計算した。

 起草委員ではない、「起草検討委員」というのもよくわからないが、だれがどのような責任で行ったのか、さっぱりわからず、官僚の世界でよく見られる「詠み人知らず」のペーパーだ。「詠み人知らず」とは、ペーパーのクレジットを明記せず、最終的には責任を取らないですむ方法だ。

 邪推かもしれないが、本来であれば、委員名で報告すべきであるが、委員だけで書いたモノでないことは明白なので、「詠み人知らず」の「起草検討委員」名になったのだろう。

[小泉時代の「成長率・金利論争」が意味するもの]

 もっとも、報告書がまともであれば、「詠み人知らず」は些細な話だろう。ただし、以下に述べるように、財務省官僚が行ったとおぼしき試算には、多くの問題点がある。

 筆者は、似たような計算を行ったことがある。小泉政権の時、2006年3月16日に開催された経済財政諮問会議における竹中平蔵議員提出資料である。これが、いわゆる「成長率・金利論争」である。

 当時の時代背景を書いておこう。2001年3月から始まった日銀の量的緩和がゆっくりと効果を出しており、為替レートが円安にふれ、景気が上向き、法人税などの税収が増えてきた。このため、基礎的財政収支は急速に改善してきた。当時、筆者は竹中経済財政相が設定した2010年までに基礎的財政収支均衡の目標は、2008年くらいに達成できると報告したものだ。もちろん、2008年9月のリーマンショックは全く予見できていなかった。もしリーマンショックがなかったなら、2008年に基礎的財政収支は均衡していただろう。

 その当時、財務省はかなり慌てていた。当時、小泉首相が消費税増税はしないと言っていた。消費増税しなくても、財政再建ができてしまうからだ。普通の人の感覚であれば、それは喜ばしいことだが、増税を狙う財務省にとっては不都合なことなのだ(財務省が、財政再建を口実として、その歳出権拡大のために増税することについては、2013年12月26日付け本コラム参照)。

 そのため、成長率を低めに、かつ金利を成長率より高く設定して、将来の財政危機を煽っていた。そのメカニズムは、先の述べた経済財政諮問会議の竹中議員資料を見ればわかる。

 首相の目に触れる資料としてはおそらく初めてであろうが、表紙の後の最初のページの(注)に「数式」が出てくる。

公債残高GDP比の改善=基礎的財政収支GDP比の黒字+(成長率-金利)×1.5

 この式は、公債残高GDP比の変化は、基礎的財政収支GDP比と、成長率と金利の差で説明できることを示している。右辺の1.5は直前の公債残高GDP比が正しいが、諮問会議に出すのでえいやと1.5と書いた。例えば、基礎的財政収支の赤字がGDPの1%で、名目成長率が2%、名目金利が3.7%なら、公債残高GDP比は、▲1%と、(2-3.7)×1.5=▲2.6%の合計で、3.6%ポイント悪化する。

いろいろな数字で確認すればわかるが、金利を成長率より高く設定すると、基礎的財政収支が多少の黒字でも、長い期間で計算すると、必ず財政危機になってしまう。これは、昔から、財政危機のためのドーマー条件としてよく知られている。

 本当に、金利が成長率より高いのであれば、こうした前提を設けることにはそれなりの合理性がある。ところが、先進国で長期間のデータを調べると、金利と成長率の間には、明確な大小関係はない。財務省は、日本のデータで、金利が成長率より高いと主張したが、それはデフレによることだと論破された(デフレ期には名目金利がゼロ以下には下げられないのに、デフレによって名目成長率はマイナスとなりえるので、金利が成長率を上回る)。

 そこで、経済財政諮問会議で、吉川委員(今の財政制度等審議会会長)は、経済理論では、金利が成長率より高いと主張した。これは、金利が民間金利であれば正しい。というのは、民間がその金利で資金を借りても、成長率がそれより高いと、誰でも儲けられるのでおかしいからだ。そうした経済理論は確かにある。

 しかし、財政問題の場合、問題となる金利は国債金利だ。国債金利は同じ期間であれば民間金利より低い。というわけで、経済論から、国債金利が成長率より高いとはいえないのだ。

 こうした議論を聞いていた小泉首相が、「決め打ちするな」と一喝したことがあったので、筆者の資料は、金利と成長率の関係を決め打ちしない資料になっているのだ。

                                       つづく






元 財務事務次官の勝栄二郎と現 財務事務次官の木下康司