[憲法改正④~竹田恒泰の憲法改正講義(1)~のつづき]

[96条の先行改正はテクニック論 国民の心には情熱が届かない]

――では、国民に改憲への情熱を持たせるには、どうしたらいいでしょうか。

 たとえば、昨年公開された映画『リンカーン』にもヒントがあります。リンカーンは米国で奴隷制度を廃止した大統領として有名ですが、彼が「修正第13条」という奴隷制度に関する憲法の条文を改正しようとする姿を描いたストーリーです。

 与党内で意見が分かれ、野党も反対するなか、議会で過半数となる3分の2の賛成を取り付けるべく、リンカーンは孤軍奮闘する。その際、「なぜ奴隷制度をなくさなければいけないか」を、議員1人1人に対して丁寧に説得していった。そのとき、もし安倍首相のようなやり方をしていたら、おそらく説得は失敗し、米国の奴隷制度は廃止されなかったでしょう。

 安倍首相が「憲法の何条を変えて日本をこうするんだ」というビジョンを真摯に語れば、納得する人もいるでしょうが、「まず96条の3分の2を過半数にしよう」と言っても、それはテクニックの話であり、ビジョンとは受け取ってもらえない。むしろ国民の猜疑心を誘発し、改憲のハードルを上げてしまう。

――安倍首相が本当に目指しているのは、おそらく9条の改正でしょうね。それをやり易くするために、96条の先行改正を打ち上げた、と。

 そうだと思います。ただ、こういう状況なら、むしろ国民の心理的なハードルが低い9条改正を先に訴える方が、近道だったでしょうね。

9条改正の効果を考えたときに、発議要件は両議院の過半数で成立させるよりも、3分の2という高いハードルで成立させた方が、内外に与えるインパクトが強い。中国、韓国、北朝鮮などの周辺国が日本を恐れているのは、日本のイージス艦やミサイルではなく、国内での国防意識の高まりに他なりません。

 自衛隊がいくら最新鋭の装備を持っていても、「日本人は戦う気がない」と思わせたら、彼らは日本なんて怖くない。「これだけの日本人が賛成して9条が改正されたんだ」という印象を諸外国に与える効果は、大きいです。

 安倍首相も、96条の先行改正は国民に理解してもらえなかったということに気づき、今はそれを封印しているように見える。だから96条に囚われずに、正面突破で3分の2を乗り越えられるような改正案を提示し、皆の合意を得た上で正々堂々と9条を改正してほしいですね。

――安倍首相は、これからどう行動すると思いますか。

 昨年7月の参院選後に国会で安定多数を確保してから、すぐに動き出さないところを見ても、次の参院選において自民党単独で3分の2の議席を確保し、絶対安定多数を実現してから、憲法改正に本格的に着手すると見ています。

 だから、次の参院選後の政権の目玉が憲法改正になる可能性は高い。今後3年間は下準備の期間に充てるのかもしれません。憲法改正は自民党の結党の精神なので、「他に成し遂げることはもうない」という気運が盛り上がる可能性はありますね。

[集団的自衛権の議論は慎重に まずは国民の合意をとるべき]

――9条改正の話が出ましたが、アジア地域で中国、韓国、北朝鮮などの脅威が高まるなか、「強い日本をつくろう」という安倍首相の考え方については、賛成する国民が少なくない印象があります。足もとでは、集団的自衛権の解釈や論議の進め方についても意見が分かれています。解釈をどうするかは、歴代政権にとっての課題でした。そもそも集団的自衛権は、憲法解釈の変更で行使可能なのか、それとも正式な憲法改正が必要なのでしょうか。

自民党の改正案が必ずしもよいとは言いませんが、9条改正による国防軍の設置などについては、主旨として賛成です。ただ、集団的自衛権を巡る議論については、もっと慎重にやるべきだと思います。

 現行の解釈では、日本は集団的自衛権は持っていても行使できないことになっています。手続き上は、政府の解釈を内閣の閣議決定で変えることが可能です。しかし、長年の憲法解釈は一種の憲法慣習を形成しているので、解釈変更は事実上、条文改正と同じ効果がある。「解釈を変えればいい」という単純な話ではないのです。また、政権によって解釈がブレるようだと、国家の意思決定は不安定になってしまいます。

 それを変えるのであれば、やはり国民の合意をきちんととるべきです。「集団的自衛権を持っているけど行使できない」という状況は、すごくわかりづらい。私は集団的自衛権の行使を、憲法の条文に盛り込むことが筋だと思います。そうしないと、今後多数派の与党によって「解釈改憲」が何度も行われ、為政者のやりたい放題になってしまう恐れがありますから。

 ただ安倍首相側にも、今回の論議を打ち上げることによって、「集団的自衛権の解釈を変えるなら、憲法の条文も変えなければダメ」という世論を盛り上げようと目していたフシもありますね。今後の出方を、しっかり見守る必要があります。

                                つづく