日付が変わり、刻々と最期の時が近づいてきました。
この記事では、その全てを伝えたいと思います。
写真や動画はありません。
それは、望んでいた『穏やかな死』ではなく、もがき苦しんだ最期だったからです。
私も息子も、写真や動画を撮っていました。
『うみの戦いの証』
でも、それは同時に私たちの心を破壊しかねない、辛い記録。
自分たちの記憶の中だけに留めておくことで、これからも うみ と過ごせると思い、日付が変わってから亡くなるまでの記録は全て削除しました。
息子にも削除させました。
そうしないと、写真や動画の中でリアルに死に向かう姿が うみ の全てになり、うみ を思い出すこと自体を避けてしまいそうで。。。
記憶の中だけでさえ、うみの写真を見ればフラッシュバックのように現れる光景。
闘病中の写真や動画を見れば、なおさら結びついてしまう最期の瞬間。
忘れたくはない『うみの戦いの証』。
でも、『うみ』を思い出すのが辛くなるのは嫌だったから。。。
※ この記事は、人により受け取り方は様々ですが、生々しく感じてしまうことがあると思います。
辛く感じてしまうかもしれません。
不快に感じるかもしれません。
※ ここから先は、ご自身の判断で閲覧してください。
0:00 自分から水を飲み始めた。
チアノーゼも少しだけ治まる。
呼吸状態は変わらない。
口を開けて「ハッハッハッハッ」と苦しそう。。。
0:30 時間も遅くなっているので意を決して、3回目の痛み止め・吐き気止め、2回目の痒み止め、1回の吐き気止め投与。
流動食50ml。
胃に内容物あり。
口呼吸で唾液が多くなっているので、胃の中に大量の唾液があった。
やっぱり丸窓でも、開けると余計に苦しくなってしまう。。。
1:00 酸素ハウスの中でも呼吸状態が安定せず。。。
苦しそうに舌を出しながら呼吸をしている。
よだれが垂れてしまうほど、さらに呼吸は速く激しくなっている。
急におしっこをする体制になり、酸素ハウスの中で漏らしてしまう。
ベッドも術後服も濡れてしまい、ベッドの下に敷いていたタオルも少し濡れてしまった。
急いでベッドの交換をして、下に敷いていたタオルは交換せずに他のタオルを重ね応急処置をして、術後服は脱がせた。
対応するのに入り口を開け空気が入ったことで、着替えさせるほど余裕がある状態ではなくなってしまった。
胃瘻チューブが露出してしまうので、本当は服で覆いたかったけど。。。
寝ようとしていた息子も、気が気じゃない。
「とりあえず寝かせて。」
何回息子は言ったかな?
伏せている体勢から、側にある水の入ったお皿に顔を突っ込むようにして、ひたすらガブガブ飲んでいる。
普段なら、お座りをして飲んでいるので、初めて見る体制。
途中『そのまま顔を突っ込んで溺れるんじゃないか?』と思うほど、ただ、ひたすらに水を飲んでいた。
この時、『もう永くない』と感じました。
それが何時間後なのかはわからないけど。。。
娘には日付が変わる前から、状況を連絡していました。
娘も仕事があるし、移動手段が無いから、直ぐに帰ってくることはできないけど、逐一、報告していました。
「もうダメかも」と、この時も連絡して。
今思えば、酸素ハウスで漏らしてしまった辺りから、酸欠で意識障害があったのかもしれない。
うみ は朦朧とする意識の中で必死に戦っていたんだと思う。
水も飲みながらの口呼吸で、訳がわからなくなっていたのかもしれない。
呼吸困難だったのかもしれない。。。
1:25 伏せている状態から顔だけが横向きになり始めた。
顔を横にしていると舌が横に垂れてしまう。
舌に力が入らなくなっていった。
『ハァハァ』しているのに舌は「だらん」と口の横に垂れ、何回かに一度正常に戻る。
少し様子を見ていたけど、寝ようとしていた息子に「もうダメかも」と伝えた。
息子は慌てて起き上がり、ずっと うみ を見ている。
息子 「あと、どの位?」
私 「ずっと舌が垂れっぱなしじゃないから、今すぐではないと思うけど、時間の問題だと思う。」
息子 「夜間救急に連絡する?」
私 「もう、何もできないよ。ここから出したから、死んじゃうから。」
息子 「最後に うみ 触ってもいい。」
私 「いいけど、うみが苦しくならない程度にね。丸窓もできるだけ開けるの少しにしてね。」
このまま、触れられないのは うみ も寂しいよね?
人間みたいに人工呼吸器があったら。って思いました。
酸素ハウスではなく、直接鼻や口から酸素を取り入れられたら。。。って。
1:30 さすがに舌も垂れっぱなしになり、よだれが出ていることが続いているので、パパに連絡をしました。
すると、その時
息子 「ママ大変!うみが変なことしてる」
1:34 ベッドの横に置いていた、漏らしたおしっこの応急処置のタオルを急噛みしめながら、伏せていた体を頭から持ち上げ、お座りのような姿勢になり、耳は垂れ下がり、小さな頭の頭蓋骨の形がわかるほど身体全体が下に引っ張られたように見える状態で、目は焦点も合わず見開たまま、全身に力を入れて、呼吸もできず、痙攣(ひきつけ)のような状態になり。。。
そして、そのまま倒れ込みました。
私と息子は、泣きながら「うみーっ、うみーっ」と叫び、酸素ハウスを開けました。
噛んだままのタオルを取ろうとすると、食いしばっていました。
うみは目を見開きながら・・・数度、頭を持ち上げて深呼吸をするように呼吸をして。。。
1:36 そのまま息を引き取りました。
死因は肺転移による窒息死だと思います。
(ウソでしょ!?ヤダよ。。。)
「うみーっ」と泣き叫ぶ私と息子の声を、電話越しに聞いていたパパ。
「直ぐに向かう」と一度電話を切りました。
私と息子は泣きながら、何度も何度も
「うみ、頑張ったね。」
「もう大丈夫だよ。」
「もう苦しくないよ。」
「ありがとね」
「えらかったね。」
そう言いながら、ずっと撫でていました。
開いた目を閉じるように撫でながら。。。
心のどこかで、闘病の苦しさから解放された うみ に「良かったね」と思いながら。。。