T.ISHIHARAのつぶやき...

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「パラダイス・ガレージ」

今はデジタル革命もありダンスミュージックが世界中で聞かれ、作られる。ジャンルや概念、機材が常にリンクして変化し、サイクルも早くなり何が新しくて、何が良いのか?そもそも新しい事は良いのか?面白いのか?と、世界的にダンス・クラブカルチャーが行き詰まりを見せるだろう今だからこそ、ハウスミュージックの原点である「パラダイス・ガレージ」の事がここに書かれている事が非常に嬉しかったし、安堵しました。ありがとう、。

以前西麻布のYELLOWへWest End RecordsのMelさんをにお呼びして「パラダイス・ガレージ」閉店時(3日間!続いたそうよ)の録音音源でNORIにイコライジングをやってもらいパーティもやりました。俺自身「パラダイス・ガレージ」には行けなかったけどNYではラリーの位牌にふれ、その魂がわかる気がするし又、伝えて行かなければならないと感じています。

では、なぜ彼らは「パラダイス・ガレージ」で熱狂的にダンスをして解放出来る場所となったのか?もちろんラリーの先進的な音楽知識と卓越したDJセンスが一番の要素だが、これには当時(1970年代後半~80年代前半)のNYやアメリカの社会情勢にも要因があります。


「SOUL」というジャンルが生まれた60年代にはアフリカ系アメリカ人による人権運動が犠牲を払いながらも認められ表面上は平等になった事もあり、その後女性の権利の主張など多くの差別をなくす為の社会運動が動き出した。

ゲイやレスビアンの権利を守るムーブメントは1969年にNYのゲイバーで捜査中の警官とトラブルになりそれが引き金となり現在の彼らの権利が守られるようになった。その時の逮捕容疑は「男同士で踊っていた」事と言われ、考えられない時代だった。「パラダイス・ガレージ」はNYでさえそんな偏見が濃く残る76年にオープンした事もあり、彼らにとり同じような思考・時好を持つ数少ないカウンターカルチャーのグループと新しく素晴らしいガレージサウンドを体感する時間は正にパラダイスであった事であろう。

と、長くなってしまったが「カポエイラ」が1600年代にブラジルに連れてこられた黒人奴隷が生み出した「ダンス・武術」であり、「ヒップ・ホップ」が1970年代に貧困であっても新しいスタイルを生み出す事を目的に始めたブロックパーティから生まれたように「ガラージ・ハウス」はLGBT (性的少数者)を中心とした個性的な人々が生み出した「ダンス・カウンターカルチャー」でありそれが今のダンスカルチャーの1つの核になっている事を忘れないで欲しい、。

70~80年代当時の常連には「キース・ヘリング」「アンディ・ウォホール」「マイルス・ディビス」等、自分ジャンルを創造したアーチストがいたようだが「ラリー・レイバン」もその一人と言えるだろう。


もし、自分の前に同性が踊っていたら「ガラージ・ハウス」に感謝を忘れずに。。。

Sorry long...
2008 in TOKYO