※今回文字ばっかだよ!
写真無いからまっ黒だよ!






天使になった
わたしの可愛いママンに、
たくさんの言葉をありがとう。




雲のカケラに乗っかって、
足をぶらぶらさせながら
下界を眺めているマーちゃんを、
日々想像する。




この後書くのだけれど、
マーちゃんが天使になってすぐ
また大変なことがあって、
ゆっくり悲しんでられずにいた。




ちょっと落ち着いたみたいだから、
ようやくマーちゃんの写真を
置くことができた。




そしてその前に座り、
なにも応えてくれないマーちゃんに、
話しかけてみたり。




マーちゃんとの日課、
5回のキスを思い出しては、
もう二度と抱きしめられないことに
途方に暮れてみたり。




そんな少しの時間を
愛おしんでいる。























マーちゃんが天使になってすぐ、
わが家の長男坊・つよしが体調を崩した。




いや本とはずっと前から
しんどかったのだと思う。




わたしがマーちゃんのことに
必死になってるのを見て、




『ぼくもしんどい』って
言えなかったのだと思う。




1歳を過ぎるまでよく熱を出したつよしが
腎臓を患ったのは、
6歳の時。




緩やかに減ってきていた体重が、
11歳を過ぎて急激に、
更に減ったであろうことには
気づいていたのに。




七生&吉四六のことや
マーちゃんのことにかかりきりになって、
延びに延びていた血液検査の結果が示す値は、
愕然とするものだった。




吐き気がするほど、
自分を呪った。




つよしに申し訳無さすぎて、
このまま死なせてしまったら
どうしようって、
不安で不安で堪らなかった。




その日から連日の点滴通い、
そして苦手な強制給餌が始まった。


















仕事から猛ダッシュで帰り、
待ち侘びている外の子に、晩ごはん。




ごめんごめんと言いつつ急かし、
おかわりやデザート待ちをしてる姿を
横目に見つつ、
診察時間ギリギリに病院へ駆け込む毎日。




吐かれてしまって肩を落とす日も
度々あったけれど、
あの手この手で強制給餌。




マーちゃんの時に教えてもらった
(その時は行けなかったけれど)、
東洋医学をやっておられる病院にも行った。




教えてもらった栄養補助食品、
お灸、
できそうなことをとにかくやった。




絶対に死なせたくなかった。




マーちゃんとの想い出に
浸るヒマも無かった。




そして休診日にも
『いいよ、おいで』
と言ってくれた先生のおかげで、
まだまだ油断は禁物だけれど、
どうにかこうにか峠を越えた。




おかげで今ようやく、
マーちゃんの前に座ることが
できている。

























マーちゃんの闘病と重なっていたら、
わたし、
ムリだったと思う。




耐えられなかったと思う。




マーちゃんを看取るまで
ガマンしてくれてたつよしに。




大キライなウェットを、
ムリに詰め込ませてくれている、
つよしに。




わたしの顔なんて、
見たくもないはずなのに。




頑張ってくれたつよしに、
心から感謝している。




生きてくれてありがとう。




生きててくれて、
本当に、
ありがとう。




まだまだ点滴も強制給餌も
続くけれど、




もう少し一緒にいようよね。




まだまだ一緒に、
いようよね。


















アドバイスをくれたお友だちにも、
ココロからの感謝を!