梅津順江のブログ

梅津順江のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

今日の美の巨人たちの作品は、円山応挙の「保津川図屏風」だった。

彼の故郷の保津川を、絶筆とは思えないほど力強い筆致で描いている。


梅津順江のブログ-円山応挙 保津川図屏風



 立体的なしかけが施された視覚表現をみていると、時空を越え、空間の広がりやリアルな世界へと誘われる。

川の流れが激しく、それでいて、気持ちよく表現されている。
 右隻は、スケールの大きな迫真の激流を描いた大パノラマ、怒涛の迫力の滝、圧倒的な水流は下流へと・・・勢いを増して流れていく。
 左隻は、ゆったりとした渓谷の風情、水飛沫が靄となって辺りを包み込み、その中を渓流がやわらかく、そして、豊かにまた、激しく、そして穏やかな流れの中に鮎が泳ぎ、松がそよぐ・・・

 身も心も洗われる爽快感があって心地が良い。保津川に足を運んで実際にそのスッキリ感を体感したいと思わせる絵図である。


 応挙は、初めて写生にこだわって絵を描いただけではなく、対象の“立体感(3D)”までもを描こうとしたという。

 番組では、「円山応挙は、よく『石に三面を見よ!上に一面、左右に一面ずつ』と言った」という紹介があった。
つまり、三次元の空間世界を表現しようとしたのであろう。


 私はすぐ、20世紀初頭に、フランスを中心に興った美術運動 「キュビズム」が脳裏をよぎった。
フォービスムに続いて、ピカソとブラックが始めた革新的な美術表現と思考の試みのこと。


梅津順江のブログ-ピカソ ドラ・マールの肖像


 
 平面上に立体を描く試みは、日本だけではなく、世界中で行われてきたのである。

 この技法に、のめり込んだ絵師には、共通点が見出せる。
それは、分析的な視点に長けているということ。
 
構図を感覚的に捉えながらも、形態の分析、解体、再構成を繰り返して、組み合わせていく。
つまり、描く際に、以下のようなステップを踏まなければならない。

・描く対象を様々な視点から見て分析する
立体をすべて断片的な面に解体して、単純に平面化する
・解体した面を画面上で再構成する

 上記に加えて、円山応挙は、屏風という特性をも計算して描いている。
すごい人である。


 平置きしてみると、風景は間延びして見えるが、波状に折りたたんで見ると、はじめて臨場感が出てくる。
つまり、立てて鑑賞する時、凹凸の屏風を立体的に見えるように描いたのである。

 ピカソやブラックに匹敵するほどの才能を江戸時代に、放っていたということに驚く。
また、当時どれだけ、革新的でセンセーショナルであったことか、がうかがえる。




「期待以上」「期待通り」「期待外れ」

この視点は、リサーチ上のC/Pバランスをはかる上で大切である。


商品力を構成する要素は「買う前に欲しいと思わせる力」と「買った後に買ってよかったと思わせる力」からなっており、前者を「商品コンセプト(C)」、後者を「商品パフォーマンス(P)」と定義する「C/Pバランス理論」の考え方である。このCとPがともに高くないと、「売れ続ける商品」になりません。ギャップがありすぎると、「空振り(最初に気づいてもらえない、理解してもらえない、好感をもたれない)」もしくは「線香花火(最初だけ、知るとがっかり)」という結果になってしまう。


これらを裏返すと、「はじめから相手(商品)に対して、期待しない方がいい」ということではないだろうか。

期待しすぎた場合、相手が期待に答えられなかったり、裏切られたりすれば、失望や傷つくことにつながるから。

それだったら最初から何も期待しないほうが傷つけられる事はない。相手も、過剰な期待は負担に感じるに違いない。


しかし、全く期待しないというのは、どうだろうか。

相手を信頼していないばかりでなく、自分も反応や刺激から逃げていることにつながる気がする。


「教育心理学」における心理学行動の1つで、教師の期待によって学習者の成績が向上する「ピグマリオン効果(pygmalion effect)」という用語がある。別名、教師期待効果とも呼ばれているらしい。

「ピグマリオン効果」は、1964年にアメリカ合衆国の教育心理学者ロバート・ローゼンタールが人間は期待された通りに成果を出す傾向があるという実験を行い、発表した考え方。「ピグマリオン」という名称は、ギリシャ神話を収録した古代ローマのオウィディウス『変身物語』第10巻に登場するキプロス王のピグマリオンの恋焦がれた女性の彫像が、その願いに応えたアプロディテ神の力で人間化したと言う伝説に由来するという。

この効果が起こる理由として、ローゼンタールは、人は常に相手の期待に対し最も敏感に反応するから、と説明している。


しかし、子供であっても、過度な期待は、負担に通じるのではないかとも思うので、注意が必要だと思う。

過度の期待は破れた時に「期待が外れた」と自分が傷つくだけでなく、相手もつぶしてしまう場合があると思われる。


いずれにしても、何事もバランスが大切ということであろう。


私のモットーは、「求めすぎない、諦めない」

しばらくはこのスタンスで人や消費と付き合っていこうと思う。



お菓子、漬物、お酒、おつまみは、食べていると止まらなくなり、後を引くものがある。

「後をひく」は、いつまでも続いてしまうこと。

江戸時代では、主に酒類に対する表現であったらしい(浮世草子や川柳などに記述があるという)が、現代は食べ物全般に使われている。

「後をひく」と思われる食べ物を列挙すると、

スルメ、海苔、ピーナツなどのナッツ類、たくわん、キムチ、スナック菓子、プリッツ、じゃがりこ、柿の種、みかん・・などか?

これらは、一度口に入れると止まらなくなり、つまみやスナック菓子などは「一袋食べては太るから半分だけ」「こんな夜遅くに食べたら、ニキビ・吹き出物ができてしまう」と思いながらも、完食してしまうことがある。


こってりしすぎず、適度なうまみや香りが口の中に広がる系が多い気がする。


調べてみると、いろいろな説があった。

1)評論家の吉本隆明氏
後を引くものの共通点を「歯応えがあるが、噛んでいると粉々か糊(のり)状になる」「ほのかな甘み、塩味、油」
と書いている。

2)京都大学の研究(ラットを使った実験)
うまみとデンプンの混合、砂糖、油脂などは強い執着をもたらすといっている。


生物は本能的に高カロリーのものを食べ続けたくなるのかもしれない。

また、「後をひく」を心理的観点から紐解いてみると、
「本能のままに食べ続けたことへの後悔と、言い訳めいた気持ち」が背景にありそうである。

そもそも、こんなことを題材にしていること自体、言い訳めいている。

時代の経過とともに、この「後をひく」という言葉が、酒類だけでなく食べ物全般に広がったことは、飽食の世のぜいたくな悩みを映しているよう、とも感じた。



追記:酒を飲むと止まらない人のことを後悔や嘲笑を込めて、「後引き上戸」とも言ったらしい。
世が世なら、「後引き上戸」と笑いものになっているかもしれない。気をつけねば・・