「次回はマイナ保険証を」病院でのゴリ押しには厚労省の「台本」があった…217億円かけた政府の普及策とは

「マイナ保険証を作れと強制されているように感じる」

今、病院や薬局を訪れた人たちから、こんな戸惑いの声が聞こえてくる。そこには厚生労働省が用意した「台本」の存在があった。

健康保険証の廃止まで、あと半年。マイナ保険証の利用低迷に頭を痛める政府は、5月から集中月間として、病院や薬局を駆り立てて普及に躍起となっている。

病院に設置されたマイナ保険証の読み取り機=名古屋市で、2023年7月撮影(一部画像処理)

マイナ保険証の利用を迫る「台本」には何が書かれているのか。なりふり構わぬ政府キャンペーンの実態を探った。(長久保宏美、福岡範行、戎野文菜)

 

◆窓口の案内にイラッ「強制のよう」

 

病院や薬局の窓口で何が起きているのか。薬をもらうため、5月半ばに薬局を訪れた人たちが東京新聞の取材に証言した。

【千葉県船橋市の薬局に行った市川市の自営業女性(52)のケース】
女性

女性(52)


窓口の職員"

窓口の職員


女性

女性(52)


窓口の職員"

窓口の職員


女性

女性(52)


市川市の女性は「薬局の職員は丁寧な口調だったが、マイナカードを持っていて当然という感じが、さすがにちょっとイラッとした」と振り返る。

【東京都江東区の薬局に行った学校講師の女性(60)のケース】
窓口の職員

窓口の職員


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女性(60)


窓口の職員

窓口の職員


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女性(60)


窓口の職員

窓口の職員


女性

女性(60)


窓口の職員

窓口の職員


江東区の女性は「薬局でこんなやり取りをしたのは初めて」と困惑した様子だった。

マイナンバーカード

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現行の健康保険証廃止まで、あと半年。マイナ保険証を持ってない人はどうなるの?【Q&A】

 

◆焦る政府、支援金バラマキ

5月に入って目立つようになったという病院や薬局の窓口での強力な利用の呼びかけ。背景には、総額217億円を投じた政府の利用促進キャンペーンがある。

マイナ保険証の4月の利用率は6.56%にどどまっており、政府の思うように利用が進んでいない。カネにものをいわせたキャンペーンは、政府の焦りの裏返しでもある。

厚労省は、マイナ保険証の利用者を増やした医療機関に見返りとして支援金の支給を行う。利用促進の集中取り組み月間と定めた5~7月には、人数に応じて病院に最大20万円、薬局や診療所に最大10万円を出して、さらにテコ入れを図っている。

 

◆「台本」通りに声かけを、チェックリストも

 

ただし、病院や薬局が支援金をもらうには、窓口での声かけ、チラシの配布、ポスター掲示が条件だ。

声かけを徹底しようと、厚労省は「トークスクリプト」なる台本を配っている。

病院や薬局の窓口でマイナ保険証の利用を勧めるため、厚労省が作った声かけの「台本」

台本には、窓口での「最初のお声がけ」として「マイナンバーカードをお持ちでしょうか?」と尋ねるよう求めている。

利用者が「いいえ」と答えた場合には、次のように案内するように明記している。

カードを持参していなければ ⇒「マイナンバーカードを保険証として利用いただけます。次回来局時はぜひお持ちください」

カードを作成していなければ ⇒「2024年12月2日に現行の健康保険証の発行が終了します。まずはぜひ、お早めにマイナンバーカードの作成をお願いします」

厚労省は声かけを徹底しようと、チェックリストまで用意している。

台本通りに声かけしているか、病院や薬局に「まずマイナ保険証の利用を声掛けしていますか」「持参されていない方には、ぜひ次回はマイナンバーカードをお持ちくださいとお声掛けしていますか」などと確認を求めている。

冒頭で紹介した薬局のやりとりは、まさに厚労省の台本に沿うような対応だ。

マイナ保険証の利用促進のため、厚労省が病院や薬局に示しているチェックリススト

 

◆厚労省のチラシ「ミスリード誘う」

 

「12月2日から現行の健康保険証は発行されなくなります」「マイナンバーカードをご利用ください」。こう書かれた厚労省作成のチラシも、混乱を招いている。

千葉市の男性(79)は5月下旬、病院で受け取ったチラシを見て驚いた。「保険証は発行されなくなる」との案内に、「12月2日からは、マイナ保険証がないと病院に受診できなくなるんだ」と誤解。心配になって病院から帰宅すると、すぐに東京新聞に問い合わせたという。

厚労省が作成したマイナ保険証の利用を呼びかけるチラシ

この男性から届いたメールには「従来の保険証なら取り扱いが容易で、紛失の心配も抱かないが、チラシのようにマイナ保険証に切り替わったら、私たち高齢者はどうしたらいいのか」と不安な心境がつづられていた。

薬局で同様のチラシを受け取った東京都あきる野市の女性(42)は「マイナ保険証を持たない人は資格確認書が配付されるはずなのに、その案内がなくミスリードを誘う内容だ」といぶかる。

 

◆厚労省「分かりやすく広報するため」

 

神奈川県内の国民健康保険(国保)組合の担当者は、「マイナ保険証の促進ありきの周知になっており、保険証が廃止になったとき、かえって混乱を引き起こさないか心配だ。このままだと国民に誤解を広げかねない」と懸念する。

厚労省医療介護連携政策課の担当者は、チラシについて「分かりやすく広報するために情報を絞った」と説明する。

病院や薬局の窓口での声かけについては、「メリットを一人でも多くの方に伝えて、使っていただくために推奨をお願いしている」とし、マイナ保険証を強制する意図は否定した。

マイナ保険証をもっていない人はどうする?
12月2日に現行の健康保険証が廃止されても、すでに発行されている現行保険証は最大1年は今まで通りに利用できる。マイナ保険証を持たない人には、現行保険証と同じように使える「資格確認書」が新たに発行される。当分の間は申請をしなくても届く。有効期間は5年以内で保険者が設定し、更新も可能。

 

◆利用率3%以下なら厚労省から催促メール

 

利用促進のため、病院や薬局も国から尻をたたかれている。

4月には、河野太郎デジタル相が、自民党の国会議員に、マイナ保険証が使えない医療機関を見つけたら「通報」を促すような文書を配り、物議を醸した。

締め付けは、それだけにとどまらない。

「利用率が3%以下の医療機関の皆様にお送りしています」

4月下旬、マイナ保険証の利用率が3%以下の病院や薬局に、厚労省から活用を催促するメールが一斉に送りつけられた。厚労省は、診療報酬の請求実績から各医療機関のマイナ保険証の利用率を把握している。

メールが届いた東京都文京区のクリニック院長は「成績が悪い人って言われているみたい」とこぼす。

 

◆薬局側「声かけ頑張るほどクレーム」

 

利用促進に駆り立てられている医療機関側の心境は複雑だ。

調剤薬局の経営者でつくる「日本保険薬局協会」の事務局担当者は、利用促進のための積極的な声かけを業界として進めていることを認めた上で、「(声かけを)頑張るほどクレームが上がってくる」とも。「マイナ保険証利用一辺倒だと〝ごり押し〟になる。クレームを受けてまでやりたいとは思っていないし、それではマイナ保険証の印象も悪くなる」と打ち明ける。

横浜市内の薬局職員は、「私自身もマイナ保険証を使うメリットを感じない」と話す。

この薬局職員によると、窓口でマイナ保険証の利用を促す声かけを始めて以降、マイナンバーカードの読み取り機の使い方が分からないという人が続出。教えるためにスタッフがとられ、薬を出すのに時間がかかってしまうという。

 

◆「厚労省は、もっと丁寧に説明して」

 

全国の開業医らで構成する全国保険医団体連合会の事務局担当者は「医療機関・薬局に一時金を投入し、義務でもないものの利用勧奨に取り組ませることは問題だ。現行の健康保険証の廃止後、最大1年間有効となる経過措置があることや、マイナ保険証を持っていない人には資格確認書が交付されることを厚労省はもっと丁寧に説明すべきだ」と話している。

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