ななうめのブログ -46ページ目

ななうめのブログ

ブログの説明を入力します。

 『愛の世代の前に』

8月6日に、作られた曲というのは、ファンの方はご存知でしょう・・
有名なエピソードですね。

省吾さんの、詩・曲・歌は、本当に魂がこめられていて
聴くつどに、心がふるえるものが多いのですが、

『愛の世代の前に』は、私にとっては、いくら言葉をつづろうと
思いをいいつくせないくらい特別な曲です。

たった二週間でつくられた!
超アルバムの中の1曲で・・
それも8月6日という特別な日に生まれたこの曲は、省吾さんの才能が、
何かこの世の大きな力と強烈にリンクしたのではと・・感じられてなりません。

被爆二世という立場
実際に68年前に広島の被災地で被爆されたお父様の 
浜田敏太さん(公に本名で公表されているので名前をあげさせていただきます) 

私は、広島のお隣の県に在住で、原爆のことについては、幼少時から
自然と耳にはいっていました。本なども多く読む機会がありました。

実際、被爆された方と接したこともあります。

それらの方に、多く共通しているのは、
被爆時のことを、自らは、詳しく話されようとはしないということです。

浜田敏太さんも、省吾さんに、
「あれは・・・本当に・・ひどいものだったよ・・・」と、こぼされながらも
どんな状況だったのか、詳しくは話されなかったようですね。
思い出すのも、子供につたえるのも、あまりにも辛すぎるものだった、のではと感じます。

私の小学校の就学旅行は、広島の平和記念公園でした。
当時の展示は、現在のものより、凄くリアルで凄まじい描写がありました・・・

その時バスガイドさんが、原爆についての歌・・作者も題名は忘れましたが
もの凄く強烈に印象に残って、
一回聴いただけなのですが
歌詞とメロディーを覚えていすます。

記憶違いのところもあるかもしれませんが、38年くらい前に
一回聴いただけなのでご了承ください。

ふるとさの町 焼かれ 
身寄りも無くし 
焼け土に 今は 白い花咲く・・・

ああ 許すまじ原爆を
二度と許すまじ原爆を
われらの町に・・・




下記のお借りした画像は、省吾さんが2001年テレビに出演されたさいの映像ですが、
世界の危機時に凄いタイミングでぶつかり放映されたことに、心から驚きました。

後に省吾さんは
「21年ぶりの、テレビ出演だったのに、テロップで、画像がすごーく小さくなっちゃって(笑)」と、冗談めかしてMCで言われてましたが・・・

それと、2007年、長崎ライブ時には、長崎駅前で襲撃され市長さんが命をたたれるという事件が
ありました。

省吾さんは、献花に訪れられました。
ステージでは、喪章をつけて
『愛の世代の前に』を歌われたのが、忘れられません。

他にもいろいろあり・・
省吾さんは、、この時代に必然の方なのだと思えてなりません。

余談ですが、浜田敏太さんが、ご存命で、生まれ故郷の山口にいらした頃
電話帳に、お名前がのってました。


ファンのマナーとして、一回もお電話したことはなかったのですが、
今は、あの時、はがき1枚でも
「省吾さんを、生みだし、育ててくださって本当にありがとうございます。」
と、感謝の意を伝えたかったな・・と思います。