『歌謡曲・名曲 名盤ガイド・1980’S』の本より。テキスト:馬飼野元宏
・”だしおしみ”とも読む(らしい)通算8作目のオリジナル・フルアルバム。 アルバム冒頭と最後に雷鳴のSEを収録。シンセ・ドラムとホーンを強調した メタリックなサウンドで、「ノクターン」「悲しい浪漫西」に顕著だが、 これが意外に明菜のナマっぽいヴォーカルとシンクロして独自のシュールな 宇宙を築いている。
「ENDRESS」「マグネティック・ラヴ」は大貫妙子作曲だが、どちらも 彼女の個性であるヨーロピアンスタイルとは異なり、前者は哀愁ブラコン歌謡、 後者はファンキーなサウンドが粘っこいメロディーと妙にマッチ。間奏で 「ミ・アモーレ」が一瞬登場するユニークな遊びも。飛鳥涼の哀愁メロディと AKAGUYのフュージョンサウンドのミスマッチ「ノクターン」も聴き所。 テクノ歌謡「BLUE OCEAN」では久石譲がアレンジとキーボードを 担当。シングル候補にも残った忌野清四郎作曲の歌謡ロック「STAR PILOT」は RCサクセションのアルバム『ハートのエース』収録の「スカイパイロット」に 別歌詞を載せた変形。B面3曲(注:6、7、8曲目)は明菜サウンドの 新機軸であり、彼女も蓮っ葉な唱法で新たな境地に挑んでいる。 従来の明菜世界は「モナリザ」1曲と言ってもいい。ラストに「ミ・アモーレ」 のサンバ・バージョンを収録。
このアルバムのタイトル「D404ME」とは、告知ポスターや、雑誌の広告によると N・Yにある倉庫街にある、倉庫のD棟・4階の「ママ・サンドラ」の部屋の名前らしい。 コンセプト的なストーリーも存在する。しかし、そのストーリーとは、このアルバム収録の 10曲とは、全く関係がない。(86年の『不思議』に収録予定だった「赤毛のサンドラ」 という曲は、もしかしたら関連性があったかもしれない。が、あくまでも推測。)
同年4月3日に発売したアルバム『BITTER&SWEET』から、たった4ヶ月で このアルバムをリリースした事自体、明菜もスタッフも「ノッている状態」だったのだ と思う。当時のアイドルは、1年間にシングル4枚、アルバム3枚とか普通にリリース していたし、むしろ明菜は、ペース的には少ない方だったと思う。それでも明菜も 1年間にシングルは3枚、アルバムも企画アルバムを入れて2~3枚はリリースしていた。 1988年までは。いい時代だったなー。それだけアイドル歌手に作品提供する『作詞家』 『作曲家』も多かったという事なのだろう。そして、明菜の下には沢山のデモ・テープが 届けられたそうだから、(一説によると、1回の制作で数百本)その中から選びぬかれた 、吟味された作品・・曲のクオリティーが高いのも、当然といえば当然だ。
各曲のレビューを。
1・ENDLESS
雷鳴の音が鳴り、1曲目がスタート。作詞・松本一起、作曲・大貫妙子、作曲・井上鑑。となると、ソフトなバラード・・・ではない。結構激しいサウンドの曲。 「汚したくない」「甘えたくない」「自分に負けたくない」 「立ち止まりたくない」「イラナイ」「嘘などないと」と ナイナイづくしの歌詞が印象的。「幕の内弁当」的なアルバムを 飾るには、良いんじゃないかと。当時の明菜が歌うにはふさわしい 「ツッパリ・ソング」的な楽曲。
2・ノクターン
飛鳥涼提供の楽曲。『予感』にしろ、『夢のふち(注:歌詞だけ)』 にしろ、明菜と飛鳥涼の曲の相性って良いと思う。 冒頭の「気がつけば音のない 回るだけのレコード 針を止める 余裕も あげはしない」から、もうスリリングな世界。明菜のビブラートが余りにも 効きすぎているが、この曲は、いい歌です。86年の「DESIRE」の歌唱の 片鱗が見られます。
3・アレグロ・ビヴァーチェ
作詞・三浦徳子、作曲・編曲・後藤次利。 この頃の後藤次利って、おニャン子クラブとか工藤静香、とんねるずに作品提供 してブレイクする前の時期です。この人って『夢のふち』とか『夜のどこかで』 『ROSE BUD』とか、割と明菜と接点あったんですね。90年代は、工藤 静香とか、とんねるずに「ほぼ独占」されてた感じがしますが。 サビの「DANCE AGAIN~」のフレーズが印象的。というか サビばっかりの構成の楽曲。
4・悲しい浪漫西
作詞・許暎子、作曲・都志見隆、編曲・中村哲 同年6月にリリースされた「SAND BAIGE」の作詞家&作曲家の コンビの作品。もしかしたら、シングル候補だったかも?これも 今聞くと『平凡な作品』。当時の明菜作品としては、新鮮だったのかも? 「アレグロ・ビヴァーチェ」も、そうだったが、悪くはないけれど、決して シングルには出来ない。あくまでもアルバムの中の1曲。って感じです。
5・ピ・ア・ス
作詞・岡田冨美子、作曲・タケカワユキヒデ、編曲・中村哲 LP(カセット)のラストを飾るには、やはりバラードでしょ。 歌詞だけ見ると、別れた彼の事を懐かしむ少女の独白・・・というか 自問自答って感じ。なのに、明菜作品にしては珍しく、暗さは・・無い。 「思い出がしびれる」状態にいる少女の心理状態なのだ。 「何故 別れたの?」と言いながら、「この せつなさに いらだつ 真夜中が好き」だの 「今なら もっとうまく 愛せそうな気がする」 「電話のベルは ならないけれど 二人のライン もういちど つながりそうよ」だの、『根拠の無い自信にあふれている状態』。 恋愛の主導権を握っていたのは、私の方なのよ・・・という自信か?86年のコンサートでは、「ありふれた風景」に続き、2番目に 唄われた歌である。
6・BLUE OCEAN
作詞・湯川れい子、作曲・NOBODY、編曲・久石譲 B面の1曲を飾る、カラっと明るいナンバー。この歌は最初 「こ惑」というタイトルで、別の歌詞が存在していたが、こちらの歌詞に 落ち着いた。湯川れい子の歌詞は、アン・ルイスだけじゃなくて、明菜にも 非常に合う。「イケイケ女(死語)」を書かせたら、彼女の右に出る者は いませんね。「TOKYO(このまち)は 広すぎて 顔も見えない あなたが 誰かさえ 忘れたわ」の歌詞は、いかにも湯川サン。
7・マグネティック・ラブ
作詞・EPO、作曲・大貫妙子、編曲・清水信之 「磁力の運命 信じてもいい」「あなただけに愛されたい」と 「恋の予感」を唄う。冒頭の「スピンしながら たおれこむ ジルバのように マグネティック・ラヴ」の歌詞をはじめ、歌詞自体は オシャレなんだけど、ただ、それだけーのEPOの世界。明菜は当時 EPOのアルバムを、よく聴いていると、雑誌で語っていたが。大貫妙子の曲 も「凡打」って感じ。大貫さんは、93年のMCA移籍第1弾の シングル「EVERLASTING・LOVE」の作詞もしてるけど、 これも「凡打」だったし。本人の歌う楽曲は、沢山名曲があるのに、 どうも明菜との相性はイマイチ・・ですね。
8・STAR PILOT
作詞・ちあき哲也、作曲・忌野清四郎&小林和生、編曲・後藤次利 個人的には、このアルバムの中で(ミ・アモーレを除き)1番好きな歌。 アッパ-なサウンドに明菜のボーカルが絡んで、聴いていて非常に心地よい。 歌詞も深読みすると、エロティックなんだけど、それを感じさせないのは 当時の明菜の人気・キャラクターのせいかな? 今、ライブで披露しても盛り上がりそうな楽曲。自分は1度も「生」でも 「テレビ」でも唄ってる姿を見た事がありません。いつか披露して欲しい! いかにも「忌野サウンド」ですよねぇ。
9・モナリザ
作詞・竹花いち子、作曲・編曲・後藤次利 アルバムに「統一感」をもたせる為か、この歌も 「風が二人逢わせたぁああああ」 「運命を感じてるのよぉおおお」と、必要以上にビブラート全開。 いわゆる「明菜のモノマネ」の時の歌唱法。 とはいえ、歌詞や曲の雰囲気は、「これからNATURALLY」 みたいな世界なので、シングルのB面になっていたとしても この曲に関しては、違和感は無い。 「モナリザになりたい あなたの前で」・・・コンセプトは非常に 単純明快。でも今まで「モナリザ」を唄った歌って、全然なかった 気がする。有名なナット・キング・コールの歌があるからでしょうか?
余談ですが、中山美穂がファースト・コンサート(だったと思う) で、この歌を唄っています。「バージン・フライト」というタイトルで ライブビデオ&ライブレコードを発売しましたが、その中に収録されて おります。中山美穂が明菜ファンだったから、披露したんでしょうか? それともスタッフに言われたからなのか?アイドルのファースト・ライブ って、自分の持ち歌が少ないから、結構他の人の歌を唄うんですよねー。 明菜のファースト・コンサートは、山口百恵の「夢先案内人」、岩崎宏美 の「シンデレラ・ハネムーン」などを唄ったそうです。
10・ミ・アモーレ(スペシャル・ヴァージョン)
当時のLP・カセットでは、「10曲目」としてではなくて、 あくまでも「ボーナス・トラック」扱いとして記載されていました。 「シングルとアルバムは別」の考えは、この辺りから真剣に考えたの かもしれません。過去には『NEW AKINA エトランゼ』という シングルを入れないアルバムを1枚出していますし。 86年以降、『不思議』~88年の『FEMME FATALE』まで 5作連続で、オリジナル・アルバムに「シングル」は入れていません。 (「クロス・マイ・パーム」の中の「THE LOOK THAT KILLS は、「BLONDE」の原曲・英語曲だったけれどね。)
『BITTER&SWEET』でも、「飾りじゃないのよ涙は」のアルバム・ヴァージョンを収録してたけど、シングルの別アレンジを アルバムに収録するって、85年のアイドルでは結構珍しかったです。
(今、浜崎あゆみとか、1つのシングル曲の中でリミックスを入れまくって るけどねー。昔だったら、あれだけリミックスを入れたら、「ミニ・アルバム」 扱いされたものです。『SEASONS』『DEAREST』とか・
もちろん、明菜以外のアイドルも当時やってましたが。12インチ・シングルを 出したり、「世界初のグラフィカル・デイスク」という『MY BES THANKS』を12月に出したりと、85年の明菜は、本当に精力的に 活動してたなぁ。
このアルバム・ラストの「ミ・アモーレ」は、最初から1番の終わりまでは シンプルな民族楽器のアレンジで歌唱。2番からはオリジナルと、ほぼ 同じ演奏アレンジ。そして、最後にまたシンプルな民族楽器の演奏が 付け加えられて終了。「お祭りの集団が近づいてくる様子」や「祭りのあとの 静けさや無常感」が見事にアレンジに表現されているのでは?と思う。 このサンバ・アレンジで、いつか「ミ・アモーレ」をライブで聴いてみたい!
このアルバムのジャケットは、当時 原宿?にあった、「CLUB-D」という ディスコで撮影されました。きっと明菜は常連客だったんでしょうね。 (ちなみに、「二人静」のジャケットは、麻布十番の「マハラジャ」で撮影された) 白い衣装の明菜。足に はいてあるのは、コンビニのビニール袋で、 明菜自身によるアイデア。コウモリが沢山飛んでいる可愛いセットにも注目。 歌詞カードのインナーにもコウモリのイラストが数匹。 ドラキュラというより、「カワイイ白い魔女」って感じ。 この辺は、まだアイドルでしたね。 雑誌やテレビでも、インタビューには、全然出なくなりましたね。 トップ・アイドルにしては、珍しかったです。 CMの依頼にも、「吟味」して、限られたCMにしか出なかったとか。 あくまでも「歌手」として、レコードやライブで勝負!の明菜。だから、アルバム名も「ダシオシミ」になった・・・との噂


