音匣〜想い出の情景〜の千秋楽からもうすぐ2週間です。

ご来場くださいました全てのお客様
優しくてあたたかな共演者の皆様
他ジャンルに渡り頼りになるスタッフの皆様
公演に関わってくださった全ての皆様へ感謝を。
ありがとうございました。

今のところコのつく彼奴の話は出ていないという事で、一安心、かな?


音匣はTEAM☆イットクルゼ!初の再演作品でした。
過去作品を再演する事に興味がなかった座長が、再演する事にした理由は知りませんが、
「再演するなら音匣」になった理由はうめ子にあるようです。

初演の時、うめ子はまだ二十代でした。
その時も今回と同じく百合江を演じました。
当時は若い頃の百合江を別の方が演じ、中年期から老年期をうめ子が演じておりました。
当時、うめ子はこの百合江に心残りが沢山ありました。
いや、毎度至らないことばかりで過去作品で自分に満足した試しなんかないんすけどね!

心残りの一つが若い百合江とのつながりでした。
若い百合江が年を経て和泉に幸せな想い出を語る。
しかし、若い百合江から中年期までドバッと時間経過してしまうので、うめ子の力不足で同一人物としてやりきれなかったような気がしていました。
だから、同一人物として一人で若から老までやり通してみたい。
そう、うめ子はとあるタイミングで語っていたそうです。

はい。
そんな風に言ったことを後悔しています。
しんどかったーっっ
そもそも、二十代の当時すら若い役苦手だったのに40になって若い薄幸な少女とかっっ
しんどいしんどい。
若い女の子が若い百合江やって、時間というのは残酷だね☆って感じでうめ子が老百合江やるのが自然だったのだと思いますよ。

しかし、御覧になった方からは1人の役者が過去と現在を演じる事でまとまった。1人でやることが意味がある配役という感想をいただいたりしたので、良かったのだと信じたい。


さて、当時二十代のうめ子が脚本を読んで座長に言った言葉があります。

「これハッピーエンド?」


TEAM☆イットクルゼ!は
『自分が観たい舞台、演(や)りたい舞台、そして、ハッピーエンド』

『こどもがみても 大人が観ても 楽しめるファンタジー』

『終わりは必ず ハッピーエンド』
を目指す。
が、コンセプト。

二十代の頃の私には、学と共に逝ったアリシアをハッピーエンドと理解し難く、座長に問うたのです。
座長はその時自信満々にハッピーエンドだと主張しました。

そして40歳になったうめ子。
素直に思います。
このお話はハッピーエンドだと。
学さんとアリシアは今でも一緒なんです。
幸せな事だと思うようになりました。
だから幸せな想い出と幸せな今と
過去パートも現代パートも百合江は幸せの中にいるんだと思える様になりました。
その分、初演と再演、百合江は別人のようになりましたが、私は再演の百合江のが好きです。

そう、そういえば、女性からは百合江は学を想って生涯独身で学を支えて健気という感想をいただくんですが、
うめ子自身は百合江が健気だと思ったことがなく…そんな事言ったらせっかくいただいた感想ぶち壊しなんだろうか…
百合江が生涯独身だったのは別に学さんの為じゃなく、自分にとって死にそうな状況から救ってくれた得難い人である学さん以上の存在が出来なかったからで、百合江目線で言えば「学さんが凄い人」なんだろうと。
そして学さんへの恋心もありましたが、それよりも孤独な百合江に家族と言ってくれた学への感謝と尊敬の心のが大きくて、学がアリシアと笑い合うこの旅館の想い出の情景が大好きで幸せだったと感じておりました。
辻家に来てからの百合江はどこまでも幸せな女性だったとうめ子は思うのです。
それをもっと伝えれていたらなー。

まだ心残りがない訳ではありませんが…若百合江と老百合江を通して演じるにはギリギリの年齢が今だったと思うので…若干若百合江がギリアウトだった感はありますがっ

今回のこれがうめ子の演じる百合江の生涯としてはベストだったのだと信じたい。



さてはて、マイペース集団のTEAM☆イットクルゼ!次回はいつやれるのか。
いつやるのか。
なにをやるのか。
うめ子は出るのか?
その頃にはきっと舞台観に行くのが普通の事になっているはず!

乞うご期待だぜ!






どうもこんばんはこんにちはおはようございます鈴木うめ子でございます久しぶりにアメブロにログインしたら何故か声で投稿なるものが目に入りましてなんだこりゃと思ってちょっと試しにやってみようぜぐらいの感じで今始めておりますね話したいことがあったわけでもなんでもなく始めたので頭の中は真っ白です公演が終わりましてそうですね2日経ち3日か3日経ちました日常生活に戻ってちょっと時間が空いたんでねこういうこともやってみようかぐらいの気持ちが余裕できてますねただこれは多分3日坊主になる何故なら梅子は口下手だから


ブログで文章書く方がまだ向いているかなって思うんですよねただブログもよくよく見たらもう何年も書いてないとかね飛び飛びでやってしかも秩父旅行の話途中で終わってるしみたいなそんな感じになってますよねまあおいおい秩父旅行もの言葉と思ってたんだけどもうだいぶ記憶が薄れてるんでねもう無理かなもうあれば続きはないわ楽しかったよ秩父旅行っていうだけなんですよねままた何かあったら書こうかなぐらいの勢いですそんな感じの按配にございますよ私どれぐらい今話したんだろうカウントが減ってってるのかこれはだから2分よりは喋ってないか2分弱今しゃべってますねこれ誰が聞いてるんだろう


楽しいのかなこんなの聞いてっていう感じですねまた飯ですこれテストですなんでねちょっと2分間はさすがにここまで聞いてる人いねえだろと思っているんですがもし聞いてる人いたらごめんなさいありがとうございましたということでここらで2話を締めたいと思いますどうもご視聴ご視聴ご長春よくわかんないけど聞いていただきありがとうございました失礼いたします

夢をみました。

鬼灯まつりというおまつりがあり、
ほおずき行灯というものをつくり吊るす夢です。

行灯は時代劇でみるえっさほいさの駕籠みたいなカタチをしており、(小屋型になってるやつ。)抱える程のサイズ、全面は枠に障子紙がはられている。
そこに、わーっといっぱい中身が空の鬼灯のガクを入れて、(いわゆる鬼灯と言われて頭に浮かぶ部分)
そこに3、4個ライトを仕込んだ鬼灯のガクをペイっと放り込む。
ライトにはケーブルがなく、電池を入れるようなとこもない、電球部分だけでずっと光っているというまさに夢仕様。
それをいくつもつくり会場を埋め尽くす勢いで吊るしていく。

すると、他の鬼灯にも明かりが透けていくので、
オレンジの淡い光を放つ鬼灯が一個一個輪郭として行灯の障子紙に透けて見える。
吊るされた鬼灯が詰まった行灯がそこかしこで淡い光を放ち、それはそれは幻想的な祭り空間を…


いや、ならないって!
わーって鬼灯詰め込んだだけなら鬼灯同士でガクひしゃげるし、
何百何千の鬼灯が必要だし、
3、4個の光源入り鬼灯で全ての鬼灯は光らないし、
障子紙に明かりが透けても何十個入った鬼灯の形一個一個輪郭わかるように透けないって!

流石夢。


イルミネーション用ライトに鬼灯のガクをかぶせたほおずきライトというのは昔見たことがある。
夏に鬼灯を販売する露店が並ぶほおずき市ってのがあるのも知っている。
それらの記憶が混ざってそんな夢を見たのかしら。
でもそれらを見たのは多分10年以上前だよ?
なんで今こんな夢をみたのか。

鬼灯行灯、実際あったら舞台装置に使いたい。
いや、鬼灯一個一個が小さいからあんまわからないかなぁ。