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Complexity and the Economy
W.Brian Arthur
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①複雑性の科学に対する共通点は、複数の要素から構成されるシステムで、その要素が創り出
したパターンに反応・適応するシステムということである。その要素というのは、セル・
オートマトンにおけるセルかもしれない、スピングラスのイオンかもしれない、また免疫
系におけるセルかもしれない、それら(要素)は、近接したセルの状態や局所的な磁気能
率、B・Tセルの集中に反応するー「要素」と、その要素が反応する「パターン」はコン
テキストによって異なる。しかし、その要素は世界ー集まったパターン、それらのパター
ンが共につくり上げたーに適応する。  ーーー:要素が反応すると全体が変化し、全体
が反応すると、要素が新たに反応する。漸近的な状態や平衡状態をのぞくと、複雑システ
ムとは、現在進行中のシステムや定期的に進化・展開するシステムということになる。

②そのようなシステムが、経済から自然に発生する。経済的なエージェント、それは銀行
や消費者・企業・投資家が次第に市場の動き、売買決定、価格、そしてそれらがつくりだ
す状況の予測に適応する。しかし、局所的な磁場に単純に反応するスピングラスにおける
イオンと異なり、経済的な「要素」-人間エージェントーは、自らが行った振る舞いの系
列としての結果を考えることで、戦略的かつ予見的に反応する。このことは経済学に、自
然科学では見られなかった複雑な層を追加することになる。

③昔ながらの経済理論は、解析的な解を求めるために、エージェントが創り出したパター
ンの展開を研究することではなく、その論点を単純化することを選んだ。加えて伝統的な経済学は、行動の要素(行動、戦略、期待)が、自らが共に創り出す全体のパターンと整合性がとれていることを要求している。例えば、一般均衡理論は以下のようなことを要求している。:生産され消費される財の量と価格がー変化するべきインセンティブがないとしてー経済市場における全ての価格や量のパターンと整合性がとれていること。ゲーム理論は以下のことを要求する:戦略、動き、分配がーさらなる反応を引き出すことがないにしてもーそれらの戦略、動き、分配が引き出される可能性と一致していること。合理的期待経済学は以下のことを要求する:予測(または期待)が、それらの予測や期待が共に作る結果と一致していること。伝統的な経済学は加えて、一貫したパターンー行動均衡でのパターン、更なる反応を引き出さないパターンを研究している。サンタフェ、スタンフォード、MIT、シカゴ、他の研究機関の経済学者はこの均衡アプローチを広めつつある。いかに行動、戦略、期待が、それらのつくりだす全体のパターンに反応するかという疑問に注目することによって。その結果、複雑系経済学は、標準的な経済理論の附属ではなく、より一般的な、均衡を超えた理論といえる。

④私が描いたようなタイプのシステムは、ポジティブフィードバックの形で非線形性が含まれるとき、とりわけ興味深いものとなる。経済学ではポジティブフィードバックは、収穫逓増の考えから生まれた。唯一の予測可能な均衡に達するのを確認するために、標準的な経済学は常に収穫逓減を前提としている。もしある企業が市場で突出して巨大化した場合、多額の費用を抱えるとともにネガティブフィードバックが生じ、市場は均衡する。我々がポジティブフィードバックに関する議論や収穫逓増に関する議論を許せば、異なった結果が生じるであろう。数年前のオンラインサービスの市場を考えてみてください。この時の市場では、Prodigy,Compuserve,AOLの3社が競合していました。各々の企業が会員層を拡大していくと、会員が増えた分、会員の独自の趣味やチャットルームのテーマも増えるーそこには会員層を拡大する収穫逓増があった。Prodigyは最初に市場に現れたものの、期せずして戦略的にAOLが。今日、AOLは市場を独占している状態にある。異なった環境下では、他のプレーヤーが市場を独占していたかもしれない。ここで、以下の点に注目してみてください:多くのシナリオ;実際に生じた結果が前もって予測不可能だったこと;ロックインされがちだとうこと;過去に起きた出来事が起こりやすい;企業が同様にスタートをきったとしても、その結果は不釣合いなのである。このような特徴は、たzポジティブフィードバックがみられる非線形物理学の特徴でもある。経済学者が多元均衡、予測不可能性、ロックイン、非効率性、歴史的経路依存性、不整合と呼ぶ出来事;物理学者が多重メタステーブル状態、予測不可能性、位相固定、高エネルギー基底状態、非エルゴード性、対象性の破れと呼ぶこと。

⑤収穫逓増の問題は経済学の領域で長い間議論されてきた。100年前、アルフレッどんドマーシャルが、もし企業が市場シェアの増加によって優位になった場合について、「最初に優位を確立した企業はどんな企業でも、独占を確保する」というタイトルで論じている。しかし伝統的な経済学では、静的均衡アプローチは、不確定性によって行き詰ってしまった。もし多元均衡があるのであれば、どのような**。過程志向の複雑なアプローチは、この現象を扱う方法を提案しています。実際の経済では、「規模の小さい、ランダムな事象」が起こるーオンラインサービスの場合、ランダムなインターフェイスの改良、新しく提供するサービス、口コミ推薦。やがて、収穫逓増の問題は、結果をランダムに選ぶために、そのようなイベントの蓄積作用に拡大する。そして、経済学における収穫逓増問題がランダムなイベントと自然のポジティブフィードバックを扱う動的プロセスとして、非線形の確率的なプロセスを扱うものとして、みられるようになった。この「静的なものの見方」から「プロセス志向」へのシフトは、複雑系の研究では当たり前のこととなっている。収穫逓増問題は、市場配分理論、貿易理論、技術選択の進化、経済地理学、貧困や人種差別のパターンの進化などの分野で集中的に研究されている。経済構造が小さな事象やロックインを具体化することができたことによる発見は、「政府は目的の成果を出すための強制的な措置や、厳格に放任することは避けるべきだ。代わって、自然と成長・創発するようなシステムに向けてシステムを徐々に後押しする道を追求すべきだ」という意識に向かって、政策を変化させはじめている。強制的にではなく、目に見える手ではなく、かすか(?)な介入をすべきだ。

⑥我々が一度複雑系の見方、つまり与えられた存在よりも、構造の形を重視する見方、を導入すると、経済予測に関わる問題が、今までとは違った形で見えてきます。伝統的なアプローチは特定の問題についてモデルを予測することに焦点をあてていました。そして、モデルが全てのエージェントに与えられ、共有されている場合には、この予測モデルが部分的に発生する実際の時系列*。この合理的期待アプローチは妥当な方法といえます。しかしそのような場合、エージェントがなんらかの形で前もって、どんなモデルなら良いかを導出し、さらに、このモデルを全ての人が知っているという事実をすべてのエージェントは知っている(知識共有の前提)ということを前提としています。では、予測モデルが明白ではなく、かつ、周囲のエージェントの内情が分からない個々のエージェントによって予測モデルが作られる場合、何が起こるでしょう??

⑦例として、我々が研究したE1 Farol バー問題について考えてみてください。100人の人々が独立に毎週、自分のお気に入りのバー(今回はサンタフェのE1 Farol)に行くかどうかを決定しなければなりません。ここで以下のようなルールを設定しましょう。もし60人がバーに行くことを決めたならば、群集を避け、家でゆっくり過ごす;60人以下ならバーに行く。ここで興味をもって注目したいのが、毎週バーに通う人は、いかにバーに現れる人の人数を予測するかという問題と、バーに現れる人数の推移です。ここで、この問題の2つの特徴について説明しましょう。我々の実験でのエージェントは、何人がバーに現れるかについての予測は他人の予測に依存しているということを即座に悟ります。しかし他人の予想は、他人の予想に依存します。つまり、演繹的に、無限後退があることになります。正しい「予測モデル」がエージェント間での常識(共有知)として仮定できないことになる。また学術的観点から言えば、(エージェントが解くべき)問題が明確に定義されていないことにもなる。2点目の問題点として不愉快なことに、エージェント達の「予測モデル」の共通性が消えることになる:もし皆が、「だれもバーに行かない」という予測モデルを採用すれば、皆バーにいくことになり、予測モデルが無効になってしまう。同様に皆が行くと信じれば、誰もバーに行かないことになり、やはりエージェントらの予想が否定されることになる。よって、(エージェントらの)予測は違わざるを得ないのである。

⑧1993年、「エージェントがバーに行った際、彼らが帰納的に行動する - 彼らが統計学者として主観的に選択した予測モデルや予測仮説を立て始める -」ことを前提として、我々はこの状況をモデル化した。毎週、エージェント達は、その段階で最も正確と思われるモデルにしたがって行動している(このようなエージェントを「アクティブな予想者」と呼ぶ)。このように、エージェント達の信念や仮説は、彼らの信念が作り出した環境を利用する(ここでいう「利用」というのは、悪い意味での「利用」)ために争う(*訳失敗)。コンピュータシミュレーション(図1)は、平均的なバーへの出現人数は、早い段階で60に収束する。事実、それらの予測者は、アクティブ予測者の40%が概して60人以上がバーに現れると予測し、60%が60人以下の人しかバーには現れないと予測しているような環境へ均衡するように自己組織化する。この創発的な環境は、事実上は有機的である。アクティブな予想者の人口が、今回のように60/40の平均に分かれる一方、。
なぜ、予測者は、バーに現れる人数の平均が60人で、予測が60/40の割合で分かれるという具合に自己組織化するのか?ええと、70%の予測者がやや長い期間、(バーに現れる人数が)60人以上だと予測した場合、おおよそ30人くらいが(バーに)現れる。しかしこの事実で、30人と予測した予測者が正しかったことになる。*(??)。40~60%という自然な組み合わせは、創発的な構造といえる。バー問題は、複雑な動学を伴った小さな期待経済と言える。

⑨このようなアイデアに基づく重要な応用は、金融市場です。金融市場の標準的な理論は合理的な期待 - エージェント達は彼らが作り出した価格によって確認された一様な予測モデルに適応する -を前提としている。この理論は最初のうちはうまくいく。しかし、この理論は、予期せぬ価格バブルや値崩れ、ボラティリティの高い期間や低い期間の長さのランダムさ、テクニカル取引の多用のような市場のアノマリーを説明することはできない。ホランドや私は、バー問題のように投資家が予測を導出することができないが、それでもそのような予測を見つける必要があるという前提を置いた上で、「合理的期待」という概念を緩めたモデルを構築した。我々のエージェントは、コンピュータ上につくられた人工的な市場の中で、継続的に複数の、未来の株価や配当に関する仮説 - 個人の、主観的な期待モデル - を作り、使っていかなければならない。そのような人工的な市場における投資家は、個性的で、期待仮説を作っては棄却し、現在の時点で最も正確な仮説に基づいて取引を行う 人工的な知能をもったコンピュータ・プログラムである。株価は彼らの付根と売値から構成され、最終的にエージェントの予測を構成する。なので、このような機械の中の市場は自己完結型の金融市場の世界と言える。バーのように、このような世界は、期待が作り出した世界で期待が競争している小さな生態系と言える。

⑩このようなコンピュータ化された市場の中で、我々は2つの段階・局面を見つけた。もしパラメータが我々の市場のエージェントが彼らの期待を緩やかに更新するように設定されていたならば、期待の多様性は消え均質な期待へと収束する。その理由は、もし投資家の大多数が何か合理的期待予測に近いものを信じていれば、結果として出てくる価格はその予測を正当化し、合理的期待モデルを持つエージェントらから発生した、他人から逸脱した期待は不正確なものになるだろう。標準的な金融理論は、そのような特別な仮定のもとで、展開されている。しかしもし仮説の更新頻度が上昇すれば、市場は複雑なパターンに相転移し、実際の市場でみられたような様々なアノマリーを示す。そのような市場は、いつになっても収束しないような多様な信念を含むリッチな心理を発展させる。「もし市場が上昇傾向にあれば、1%価格が上がる!」というような期待ルールは相互に強化される - もし十分な投資家がその予測に基づいて行動すれば、価格は実際に上昇する。そのように、相互に期待(自分の予想)を強化しあう集団が生じ、エージェントはそれらを予測する(それゆえ、テクニカル手法による取引が発生する)。そして、このことによって、時折バブルや暴落が発生する。我々の人工市場は、ボラティリティの低い期間の後に、ボラティリティが高い期間が現れることもある。これは、もし投資家達が新たな収益が出そうな仮説を見つけたら、彼らは市場を僅かに変化させ、他の投資家らの予測まで変化させるためである。信念(予測)の変化は、それゆえ市場に対し様々な大きさの漣を起こし、ボラティリティが高い期間と低い期間をもたらす。我々は、それらの現象を起こす金融市場が複雑な体勢の中にあるということを推測している。

⑪結論
2世紀に渡る均衡ーこれ以上の適応を認めない静的なパターンーの研究の後で、経済学は構造の創発や経済学におけるパターンの展開について研究を始めた。複雑系の経済学は、静的な経済理論への一時的な付け加えではなく、より詳細な、均衡レベルよりも深い理論なのだといえる。このアプローチはそれ自体を経済学の全てのエリアに広げるだろう:ゲーム理論、金融理論、経済における学習、経済史、取引ネットワークの進化、経済の安定性、政治経済学。そして、このようなアプローチは我々が市場の不安定性、独占の創発、貧困の持続を理解するのを助けてくれる(*訳不十分)。そして、静的な結果を求めるのでなく、経済構造の定式化の自然な流れに影響を与えることによって政策をうまくすすめようという意識が表れ始めた。

⑫均衡という概念から一歩抜け出た形で経済を眺めるとき、経済のパターンはときに単純かつ均質な標準経済学の均衡構造へと単純化される。よりしばしば、それらは、絶え間なく変化し、新たな振る舞いと創発的な現象を見せる。複雑性とは、それゆえ経済を、決定的ではなく、予測可能でかつ機械的に、かつ、プロセス志向、有機的、そしていつも進化しているものとして写生したものである。(以上、おしまい)