<肉体>が死んだら「一つのこと」も行なえなくて、「一つのこと」も得られない。
これと同じく、<霊>が死んでいたら「一つのこと」も行えなくて、「一つのこと」も得られない。
<霊>が死んだら、肉が生きているおびただしい人たちが行なっても、一つの時代が過ぎても、何もできていることがない。
世の中の人たちの霊が信仰的にみんな死んだなら、1000年経っても「一つのこと」もできない。
しかしその中の「一人」が生き返ったら、そのときにはじめて、すべきことができるようになる。
アダムとエバが堕落したことで、「肉体」は生きたが、「霊」が死んだ。
それによって旧約4000年間、その子孫たちも「霊」が死んでいたので、神様は4000年間<本来願っていた御心>を広げられなかった。
ただ神様を信じて生きた人たちを通して<旧約級の御心>を広げた。
もしアダムとエバが堕落しないで、神様を愛して「霊」が生きたなら、彼らを通して<神様が本来願っていらっしゃった命の歴史>を広げようとした。
しかし「霊」が死んだので、「肉」が生きていても、<命の歴史>を広げられなかった。
旧約4000年が過ぎ、新約歴史になってはじめて、「メシヤ・イエス様の霊」が生きたので、神様はアダムを中心として旧約の時に成そうとした<命の歴史>を広げはじめた。
その時から2000年間、イエス様を信じて従う子孫たちを率いて<新約の命の歴史>を広げていかれた。
メシヤ・イエス様が死んだので、「愛の根本の歴史」である<新婦級の歴史>を広げられなかった。
イエス様を信じ、その御言葉に聞き従い、イエス様に従って神様を信じることで<息子級の救い>は成したが、メシヤ・イエス様が死んだので、「霊」が<新婦>としては死んでいた。
<新婦>としての「霊」が死んで眠る中、御子が再臨なさり、天の前に地上で<新婦の条件>を立てた人が「新婦として最初に生きた霊」になって御子を迎えた。
それによって<成約、新婦の歴史>が始まった。
この時から、その人を信じ、その人が伝える時代の御言葉を聞いて聞き従い、神様と聖霊様と御子を愛する人は、「肉」も<新婦>に生き返り、「霊」も<新婦>で<三位の愛の対象>になった。
神様は「霊が生きた人」の愛の神様でいらっしゃる。
<主>は「霊が生きた人」の愛の主でいらっしゃる。
「死んだ霊」をそのままにしておくと、肉体が死ぬ前も死亡圏で生き、肉体が死んだあともそのまま死亡の地獄の側に属して、地獄のさまざまな苦痛を受けて存在する。
「肉」がその時代の御言葉を聞いて、その時代の救い人を信じ、その人を通して三位一体を愛してこそ、「霊」が生き返る。
そのときにはじめて、その時代に該当する<救いと引き上げの歴史>を広げることができる。
