旧約、新約、成約のお話をしました。
この三つは、それぞれ全く次元が異なります。
つまり、小学生レベルで、
高校生のことはわからないように、
旧約から新約、新約から成約を見てもわからない。
比べても仕方がない。
と、牧師先生はおっしゃっています。
実際に新約、さらに成約に来てこそ、
初めてその価値がわかるということです。
新約は、パラダイス級の救いでした。
成約は、聖書でいわれる第三の天国。
つまり、天上天国級の救いだそうです。
天国が大きくわけて三つあることは、
以前お伝えしました。
つまり、パラダイスと天上天国は次元が違います。
そして、その時代で救われて天国にいたるには、
天国の門を通る必要があります。
天国の門は、
新約時代では、肉体で来られたイエス様でした。
イエス様の肉体を通して、
神様が働きかけていらっしゃったので、
イエス様と出会い、御言葉を信じた人だけが、救われました。
また、イエス様が亡くなった後は、
イエス様の心情を受け継いだ使徒達に、
神様とイエス様が働きかけられたので、
使徒達の御言葉を聞いて、
イエス様を信じた人だけが、救われました。
つまり、天国への門は、
いつも救い主であるイエス様だということです。
イエス様は、今、霊でいらっしゃいます。
つまり、イエス様の肉体となって、
仕える人がいるということです。
その人を通して、
成約時代の御言葉を伝えていらっしゃいます。
救いの門は、いつも一つです。
なぜなら、
神様の歴史はいつも中心となる一人から始められるからです。
つまり、その時代、時代で神様が働きかけるのは、
その時代で、神様の御心にかなった一人です。
モーセを信じた人はエジプトから救われ、
途中、不信した人は、カナンの地に入れませんでした。
これは、モーセを通して神様が働かれていたので、
モーセの言葉を信じる人は神様を信じたことであり、
モーセを不信したことは、
神様を不信したことと同じことだったからです。
イエス様を信じた人は、神様を信じた人であり、
イエス様を不信した人は、
神様を不信したことと同じでした。
つまり、その時代、時代に立てられた、
中心者や預言者の言葉を不信する人は、
みな、神様を不信したことになるということです。
だからこそ、その時代の中心者と出会い、
その言葉を聞いて、信じて行わなければならない。
とのこと。
そうしてこそ、その時代の祝福を受けられる。
ということです。
つまり、天上天国へ行くためには、
今、イエス様の肉体となって、
伝えている人の言葉に耳を傾けないといけない。
ということです。