バスケばか | さかのページ

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梅田BBCの日々

久しぶりに このページに書く 以前のものを読んでない方にはわからない固有名詞だらけの記事となります。
かつて このブログの主人公は かずくんだった
かずくんは バスケばかだった バスケをしていれば幸せだった。彼は必ず 体育館に一番最初に来ていた。
 30分前にさか。体育館に行くようにしている 数人は子供達いるもんで 入口で待ってる 子供達だけでは 体育館内に入れないルールになっていて コーチが来なくては入れない かずくんは 必ずいた ある日ちょっと早めに行って体育倉庫のかたずけでもするかと さらに15分ほど早く 体育館へ
一人 かずくんが入口前で立っていた。
さか。はかずくんより早く体育館に行ったことがない。
その日 体育倉庫のかたずけは なく かずくんと 一対一  を  するはめになる。
バスケをしていれば幸せだった。彼が中学一年生の時の部活 スリーメンが延々一時間ほど これは 活気のない部員にカツを入れるべく 部員達が自分達で気がつくまで なにも言わず(怒るでもなく)当時のコーチ 杉村がやらせていた事 この時も 他の部員が疲れ顔になりつつあるなか かずくんだけは 違った 
彼は その時課題があった それは普通のレイアップだった。これはすべて さか。が悪いんだが 以前 かずに「常にディフェンスがいるつもりで シュートにいけ・・・」とアドバイス これを忠実にやり続けたかずくん 試合中のノーマークでも普通に腕を伸ばすだけのレイアップができない・・・
「かず   ノーマークの時はもっと普通にシュートにいこう・・・」 と いまさら かずに普通のレイアップの説明をしたのが このスリーメンの日の2・3日前だったか かずくん普通のレイアップの練習に燃えていた。彼にとってこの一時間以上のスリーメン 願ってもない練習だった
彼は この練習すべて全力で走り 一本もシュートを落とさなかった       彼一人 嬉しそうな顔で練習をして・・・・・・

さか。がコーチをするようになり 初めてのバスケばかは かずくんじゃない 
当時のかずくんの憧れの先輩 海野先輩だ。
彼が 結婚をし地元に帰って来た。
梅田の体育館に

海野先輩は さか。より早く体育館の入口に来ている。