わたしは傷ついていた。たいぶ傷つけてきた。誰がなんと言おうとかわいそうだった。(他人から見たら大したことないかもしれないけど。)たぶん、ぜんぜん大丈夫じゃなかったのに、大丈夫なフリしてた。その時の心を受けとめずに、見ないフリをして、ただ、前だけを向いてた。でもその当時、傷ついてるって認めたらたぶんダメだった。弱い自分は認めたくなかった。弱い人は自立できない子どもなんだと思ってた。思えば、いらないプライドがそうさせてた。


25年我慢してこれちゃったけど、だんだんと体力もなくなってきて自分の弱さが身にしみる。もう限界だ。

だいぶ時間はかかったけど、最近、そんな自分を許せたら、ふっと軽くなった。弱いとこあっていい。悲しくてやりきれないときもある。自分の無力を感じることなんかザラにある。

だから、そういう時は一人で生きなくていい。誰かに頼っていい。弱い自分のまま誰かと繋がっていていい。
たったこれだけの、この傷ついてるを受けとめただけで、今見える世界はだいぶやさしい。
いわゆる自立した大人は、自分の容量を知ったうえで、弱いところをフォローしながら、してもらいながら、生きていける人なのかもしれない。


今まで積み重ねてきた思いこみや、間違えて覚えてきたこと(自分に合わなかったこと)に気づかせてくれるきっかけはきっと誰にもある気がする。それは一見優しく見えないものかもしれないけど、受け取る準備ができたときに案外現れるのかもしれない。魂からの愛のスパルタみたいなものかな(笑)