子供を持つまで気付かなかったこと。
それは、子供にも色々なタイプがいるということ。
人間十人十色。
穏やかな人もいれば、神経質な人もいるし、活発な人もいれば、引っ込み思案な人もおり、虚弱体質もいれば、食べても太らない様な人もいて、
自分だって、そういった"あるタイプ"の人間であるわけで、
様々な性格や性質、体質の人がいるのは当然理解しているはずだったのに。
それは子供だって同じ。
子供だってそれぞれに異なった性格、タイプ、体質の子がいる。
そんな当たり前の事に気付かされたのは、恥ずかしながら子供を持ってからだった。
子供を持つ前、何故子供が欲しいのかと問われたことがあった。
「私は、自分の血を分けた子供が、どんな事を好み、どんな事に関心を持つのか、そういった事を見てみたい。」
そう答えたのを覚えている。
そう、ちゃんと子供にも個性がある事を承知していたのだ。ちゃんと。
でも、それは都合のいい面だけを見た発想だったのだと今なら分かる。
つまり、子供の個性の、親にとって不都合な面が見えていなかった。
世間も同じじゃないだろうか。
親にとってつらい面にも、当然個性があるのだ。
だが、"幼気な子供"と一括りにし、子供の悪い面は、それを養育している親、特に母親のせいだと無意識に捉えて悪感情を抱いているのではないだろうか。
当然誰もが、子供にだって様々な性格があり、個性がある事は承知しているだろう。
でも、きっと同時に勘違いしている。
おっぱいを飲まないのは母親のおっぱいに問題があると。
食べ物は当然喜んで食べると。
寝ないのは運動量が足りないと。
癇癪を起こすのは育て方が悪いからだと。
我儘なのは甘やかしているからだと。
公共の場で泣くのはそれを制御できない親のせいだと。
子供は可愛いと。
電車の中で子供を泣かせでいる人がいれば、かつては私も「親は何しているのか!周りの迷惑になるのだから降りたらどうか」と感じる一人であった。
でも違うのだ。
私の元にはじめて来た子供は、本当に育てにくかった。
未熟児で生まれ、少しでも大きくなって欲しいのに、本当におっぱいを飲まない子だった。
ミルクを足したいが、哺乳瓶は一切受け付けなかった。
ずっとずっとずっと、泣いていた。
抱いたままでなければ眠らず、そして、わずかな音にも跳び起き、叫ぶ様に泣いた。
やっと作った離乳食は、泣いて拒み、市販の物などよっぽど嫌って食べなかった。
ベビーカーも拒んで乗らなかった。
屋内に入った途端に叫ぶ様に泣くので、周りの目が気になり、スーパーに行くのも苦痛だった。
毎日がつらかった。
支援センターで出会った同じ月齢のお友達親子と交流でもすれば、我が子の性格は顕著に分かった。
教科書通り、穏やかで空腹とオムツでしか泣かず、飲ませれば横で大人が談笑していようがぐっすり眠る赤ちゃんが羨ましかった。
そのお母さんは、楽しそうに幸せそうに育児をしていた。
「大変そうね」
よく言われた。
人様から見てもこの子は大変に見えるのだと、ホッとする反面、母親としてあまりに技量不足なのではと情けなくもなった。
実際、子供が神経質なのは母親が神経質だからだとあちこちで言われた事は、"気にするな"と払い除けたはずなのに、子供に手を焼く事があると今でも頭をもたげ、まるで全てが私のせいであるかの様に私を蝕む。
かつては、母親が子供を手にかけた様な事件を聞けば、母親が鬼畜だとしか思わなかった。
自分が親になってからは変わった。
その子が随分と育てにくい子だったのでは?
母親も限界まで追い詰められていたのでは?
そういう視点を持つ様になった。
何を隠そう、この私も、この子を殺して私もと思った事は一度や二度ではない。
ただ断っておくが、それはこの子が憎くてではない。悲観するのだ。この子の将来を。
色々な子がいるのだ。
母親達はそれぞれに、全く難易度の違う子供達を扱っている。
それは無慈悲にも、その母親達の技量や性格を考慮する事なく割り振られ、脱落して行くものもいる。
それには、産後の母親の体調や、生活環境も乗じて欲しい。
規則として、育児休暇に期限は必要であろう。
でも、その期限に自分の心身と子供の心身を合わせられる人ばかりではない。
無理に世間に合わせて進むワーキングマザーの時計の針は、どこかで歪みが生まれる。
それでも尚、そのしわ寄せが幼い我が子や、長時間労働の夫に向かわぬ様、最後の砦としてココに在り続ける。
熟睡を忘れた体にムチを打って。