大学生活が始まって丁度1週間が経った。
予想と反してとても楽しい生活をしているおかげで、逆に辛い。
急に友達が音沙汰なく去っていってしまったり
会話をしていても相手が楽しそうな顔をしなかったり
いずれそういう状況になってしまうと考えると、怖くて仕方がない。
そういう面では、高校の時の友達の有り難さが卒業してから染み染みと伝わった。
どうやら僕は友に恵まれていたようだ。
そういえば、昨日大学で軽音のサークルを見学した。
なんか演奏を聞かせてくれるものだと思っていたけれど、
どうやら「学校内では音を出しちゃいけない」というルールがこの大学にはあるらしく
「流石三流大学だな・・・」と少し悲観的になった。
ではどのようにして活動するのか?と先輩に聞いてみたところ
どうやら、このサークル内で適当に集まって適当にバンド組んで適当に個々人でスタジオ借りてやるらしい。
五分も説明をしなかったので、本当に何がどうなってるのか全く把握できなかった。
とりあえず入るけれど、こんなユルユル過ぎて大丈夫か?と入る前から不安になっている。
個人的には演奏の上手い先輩から色々お話を伺ったり、レクチャーして貰いたかったのだが
これではそれはできなさそうだ。
むしろ、先輩と交流することさえ不可能かもしれない。
簡潔にまとめると、相当ガッカリだ。
既にバンド経験のあるベーシストと友達になったが、
如何せんバンド経験のある人間だ。
僕から「バンド組もうぜ!」なんてとてもじゃないが言えない。
むしろ僕は既にその友達に嫌われているかもしれない。
向こうから誘ってはくれないだろうか。
僕はこれでもギタボ希望なので、ベースやドラムはバンド経験者に持っていかれるだろうなぁ。とか
僕の声や楽器レベルなんかでみんなついてきてくれるのか。とか
そもそもバンド組めるのか?とか
かなり悲観的になっている。
これはもしかしたら恋人を作るより難しい事かもしれない。
せめて、僕にプロ並の実力とセンスがあれば・・・。
なんてもう既に七億回は考えた。
「俺自身下手くそなんだから初心者と組んじゃえば良くね?」
なんて事もなんども考えた。
しかし、僕という人間はとても貪欲な人間で
楽器を辞めるかもしれない初心者とバンドを組んでイライラするよりは・・・。
なんて事も考えてしまうのである。
とりあえず、恥ずかしいけれど精一杯フルで振り絞った自分の演奏を見せたい。
そうすれば僕がどのくらいの人と組めば調度いいかが解るはずだ。
しかし、このサークルではそれすらできそうにもない。
もしかしたら僕の軽音人生は詰んだかもしれない。
悲観的になる一方だ。
とりあえず、「まだ大学生活一週間だ!」とポジティブに捉えて今後の活動を考えていこうと思う。
何にしても悲観的になるのは僕の悪い癖だ。
春だ!
春が来た!!!
と、やっと感じた今日の夕方5時頃。
僕は今とても幸せだ。
とにかく、暖かい。
今日ばかりは必要以上に強く吹いている春風も、愛おしく感じれた。
まるで猛暑日の後の涼しい夏の日のような、まさにそんな温もりだ。
退屈で退屈で明日に希望も持て無いような僕の日々に花が咲いた。
全身の眠っていた神経が一斉に目覚めたような、そんな不思議な感覚に陥る。
あぁ、なんて気持ちがいいのだろう。
これは夢なんじゃないかと疑いたくもなる。
聴き飽きたあんな曲やこんな曲
前観たときは全然何も感じなかったあの絵やこの絵
今それらを僕の脳に流し込むと、全てが全く別の活き活きしたモノのように感じる。
全てに希望が詰まっている。
あぁ、幸せだ。
春が来た!!!
と、やっと感じた今日の夕方5時頃。
僕は今とても幸せだ。
とにかく、暖かい。
今日ばかりは必要以上に強く吹いている春風も、愛おしく感じれた。
まるで猛暑日の後の涼しい夏の日のような、まさにそんな温もりだ。
退屈で退屈で明日に希望も持て無いような僕の日々に花が咲いた。
全身の眠っていた神経が一斉に目覚めたような、そんな不思議な感覚に陥る。
あぁ、なんて気持ちがいいのだろう。
これは夢なんじゃないかと疑いたくもなる。
聴き飽きたあんな曲やこんな曲
前観たときは全然何も感じなかったあの絵やこの絵
今それらを僕の脳に流し込むと、全てが全く別の活き活きしたモノのように感じる。
全てに希望が詰まっている。
あぁ、幸せだ。
僕も今日を持って高校を卒業しました。
今自分が感じている事をひとつ残らず書き記していきたい気分だが、如何せん自分には文章力が無い。
しかし自分の生きた軌跡を残すため、この感情を忘れてしまう前に頑張ってここに書きとめておこうと思う。
卒業式の前日は予餞会なのだが、これがまた卒業式として扱って良いんじゃないか?ってくらい、らしい事をする。
その行事の中で、それぞれの生徒代表が担任の先生に500文字くらいのメッセージを読み上げるのだが
優秀クラス1組のメッセージに、
『先生と離れ離れになってしまうのは寂しいです。しかしこの寂しさを乗り越えて次のステップに進んで行こうとおもいます。・・・と、普通ならこうなりますが、やはり寂しいものは寂しいのです。この寂しさはどうしようもありません。なのでこの寂しさをとことん受け入れながら卒業していこうと思います。』
というような文があった。
僕は1組でもなければその組の担任にこれといってお世話になった事は無いが、かなり涙腺が刺激された。
その発表した代表の人望の高さや感情の篭った喋り方も良かったからなお更だ。
寂しいものは寂しい。そりゃそうさ、寂しさや悲しみを軽々と乗り越える事が出来る人間なんて相当心が冷め切っている。
学生の発表会の割りに、人間の弱さを赤裸々にしたような良い文だった。
もちろん卒業式当日も、涙脆い僕にとってはなかなか涙腺にきた。
何がトリガーで涙が沸いて来たかというと、主に吹奏楽部の演奏が原因である。
思い出や別れの悲しさを自然と音楽に重ねてしまうというのが、感傷を何倍にも増大させる。まるでアンプのようだ。
卒業式のここにきても音楽の偉大さが涙を通して伝わった。
しかし、ここまで目がうるうるすることはあれど、なんとか絶えて涙は零さずにいた。
やはり自分が男である以上、「泣く」という行為はかなり羞恥に値するものだ。極限まで我慢した。
話は少し戻るが、自由登校日という名の冬休延長戦が明けてから初めて学校に行った時
なんと、僕の上履きは誰かにパクられてしまっていた。
ウチの学校ではよくある事だったし登校日も残り少なかったからか、
散々愚痴を吐いた後「まぁ、しょうがないか」という気持ちになれた。
そんなこんなで卒業式まで事務室で毎日のようにスリッパを借りていたのだが、
流石にスリッパで卒業式にでるのはナイだろう・・・と、先生に相談した結果、
特別に上履きを用意してくれた。
(厳密に言うと私の学校には上履きと似ている少しゴツい形ではあるが『体育館履き』なるものが存在していて今回はそれを貸していただいた。さらに余談であるが、この『体育館履き』は名前どおり体育館限定の履物ではあるが、卒業式は体育館の床にシートが敷いてあるので卒業生は上履きで式を行った。そう僕以外。)
それを履いて式に出て、なんとか式を済ませ、ホームルームで先生の話を聞き、卒業贈呈品やらを贈呈し、みんなで写真を撮ったりして、いよいよホームルームが終わった。
その卒業式の放課後にみんなで駄弁ったり卒アルの後ろに寄せ書き書いたりしてずいぶん時間が経った後、これから打ち上げをする面子と一緒に下駄箱で靴を履き替えようとした時に、先生に上履きを返していないことに気づいた。
もう教室には居なく何処に居るのかも分からない常態ではあったが、職員室の先生の机の上にぽつんと置いとくのは流石に失礼だ。と思いそこらをうろちょろ探した。
半ば諦めかけていた時に先生と出会えた。
上履きを返した後に、自分の口からは先生に感謝の言葉を伝えていなかったので、
その時に簡素でありがちな一言ではあったが感謝の思いを伝えた。
その刹那、不意を突くように涙がこれでもかという位に溢れ出した。
打ち上げ面子もついて来てくれていたので、涙はバレないように自然に拭った。
先生にも泣いている所は見られたくなかったので、反射的にそっぽを向く形になって失礼な態度になってしまったかもしれない。
ただ、そこはどうか僕の気持ちを読んでいて欲しい。
柄にも無くこれだけ長い文章を書いといて、ようするに何が一番言いたいかっていうと、
羞恥心を無視して素直に感情を曝け出しながら、誰かと大泣きしたかったという事です。
というのも、「泣きたかった」と感じるくらいなのだから
主に悲しみが引き金で涙は流れるが、実は涙が流れるという事は嬉しい事なんじゃないだろうか。
と、この卒業式を通して初めて思ったのです。
ただ、それが言いたかったのです。
久々に長い日記を書いたので、洗練された文どころか日本語になっていないような箇所もあるかもしれないが、今から文を推敲する気にはなれない。
当時のこの時の未熟さそのものもまとめてここに残しておきます。
2012年3月1日 卒業。
今自分が感じている事をひとつ残らず書き記していきたい気分だが、如何せん自分には文章力が無い。
しかし自分の生きた軌跡を残すため、この感情を忘れてしまう前に頑張ってここに書きとめておこうと思う。
卒業式の前日は予餞会なのだが、これがまた卒業式として扱って良いんじゃないか?ってくらい、らしい事をする。
その行事の中で、それぞれの生徒代表が担任の先生に500文字くらいのメッセージを読み上げるのだが
優秀クラス1組のメッセージに、
『先生と離れ離れになってしまうのは寂しいです。しかしこの寂しさを乗り越えて次のステップに進んで行こうとおもいます。・・・と、普通ならこうなりますが、やはり寂しいものは寂しいのです。この寂しさはどうしようもありません。なのでこの寂しさをとことん受け入れながら卒業していこうと思います。』
というような文があった。
僕は1組でもなければその組の担任にこれといってお世話になった事は無いが、かなり涙腺が刺激された。
その発表した代表の人望の高さや感情の篭った喋り方も良かったからなお更だ。
寂しいものは寂しい。そりゃそうさ、寂しさや悲しみを軽々と乗り越える事が出来る人間なんて相当心が冷め切っている。
学生の発表会の割りに、人間の弱さを赤裸々にしたような良い文だった。
もちろん卒業式当日も、涙脆い僕にとってはなかなか涙腺にきた。
何がトリガーで涙が沸いて来たかというと、主に吹奏楽部の演奏が原因である。
思い出や別れの悲しさを自然と音楽に重ねてしまうというのが、感傷を何倍にも増大させる。まるでアンプのようだ。
卒業式のここにきても音楽の偉大さが涙を通して伝わった。
しかし、ここまで目がうるうるすることはあれど、なんとか絶えて涙は零さずにいた。
やはり自分が男である以上、「泣く」という行為はかなり羞恥に値するものだ。極限まで我慢した。
話は少し戻るが、自由登校日という名の冬休延長戦が明けてから初めて学校に行った時
なんと、僕の上履きは誰かにパクられてしまっていた。
ウチの学校ではよくある事だったし登校日も残り少なかったからか、
散々愚痴を吐いた後「まぁ、しょうがないか」という気持ちになれた。
そんなこんなで卒業式まで事務室で毎日のようにスリッパを借りていたのだが、
流石にスリッパで卒業式にでるのはナイだろう・・・と、先生に相談した結果、
特別に上履きを用意してくれた。
(厳密に言うと私の学校には上履きと似ている少しゴツい形ではあるが『体育館履き』なるものが存在していて今回はそれを貸していただいた。さらに余談であるが、この『体育館履き』は名前どおり体育館限定の履物ではあるが、卒業式は体育館の床にシートが敷いてあるので卒業生は上履きで式を行った。そう僕以外。)
それを履いて式に出て、なんとか式を済ませ、ホームルームで先生の話を聞き、卒業贈呈品やらを贈呈し、みんなで写真を撮ったりして、いよいよホームルームが終わった。
その卒業式の放課後にみんなで駄弁ったり卒アルの後ろに寄せ書き書いたりしてずいぶん時間が経った後、これから打ち上げをする面子と一緒に下駄箱で靴を履き替えようとした時に、先生に上履きを返していないことに気づいた。
もう教室には居なく何処に居るのかも分からない常態ではあったが、職員室の先生の机の上にぽつんと置いとくのは流石に失礼だ。と思いそこらをうろちょろ探した。
半ば諦めかけていた時に先生と出会えた。
上履きを返した後に、自分の口からは先生に感謝の言葉を伝えていなかったので、
その時に簡素でありがちな一言ではあったが感謝の思いを伝えた。
その刹那、不意を突くように涙がこれでもかという位に溢れ出した。
打ち上げ面子もついて来てくれていたので、涙はバレないように自然に拭った。
先生にも泣いている所は見られたくなかったので、反射的にそっぽを向く形になって失礼な態度になってしまったかもしれない。
ただ、そこはどうか僕の気持ちを読んでいて欲しい。
柄にも無くこれだけ長い文章を書いといて、ようするに何が一番言いたいかっていうと、
羞恥心を無視して素直に感情を曝け出しながら、誰かと大泣きしたかったという事です。
というのも、「泣きたかった」と感じるくらいなのだから
主に悲しみが引き金で涙は流れるが、実は涙が流れるという事は嬉しい事なんじゃないだろうか。
と、この卒業式を通して初めて思ったのです。
ただ、それが言いたかったのです。
久々に長い日記を書いたので、洗練された文どころか日本語になっていないような箇所もあるかもしれないが、今から文を推敲する気にはなれない。
当時のこの時の未熟さそのものもまとめてここに残しておきます。
2012年3月1日 卒業。
地獄の始まりは物心がつき言葉を覚えてしまった幼少期であるだろう。
ここ数週間、高校もいよいよ自由登校に入り本格的に怠惰な生活をおくってきている。
ニートの気持ちがだんだん分かってきたような気がしてきた。
流石に、これは、暇だ。
何もしない事ほど辛いものは無い。
何も予定が無いほど辛い ものは無い。
幸い趣味が僕の暇を潰してくれてはいるが、数時間もすれば飽きが来る。
一日中スウェットで過ごす日が多くなってくる。
鏡に映ったスウェット姿の自分は、伸びに伸びた黒髪と合わさって本格的にニートっぽい。
流石の自分もその姿には引いてしまった。
それ以降外出の予定が無くても私服に着替えようと心がけている。
学校が無いってだけでここまで寂しい気持ちになるとはなぁ。
そういえば丁度去年、震災直後の2週間ぐらい長くなった春休み中もこんな気持ちになったなぁ。
あの時も、世間はどたばたしてた割に僕はもの凄く暇だった。
一人っ子なだけになお更だ。
ニートの気持ちがだんだん分かってきたような気がしてきた。
流石に、これは、暇だ。
何もしない事ほど辛いものは無い。
何も予定が無いほど辛い ものは無い。
幸い趣味が僕の暇を潰してくれてはいるが、数時間もすれば飽きが来る。
一日中スウェットで過ごす日が多くなってくる。
鏡に映ったスウェット姿の自分は、伸びに伸びた黒髪と合わさって本格的にニートっぽい。
流石の自分もその姿には引いてしまった。
それ以降外出の予定が無くても私服に着替えようと心がけている。
学校が無いってだけでここまで寂しい気持ちになるとはなぁ。
そういえば丁度去年、震災直後の2週間ぐらい長くなった春休み中もこんな気持ちになったなぁ。
あの時も、世間はどたばたしてた割に僕はもの凄く暇だった。
一人っ子なだけになお更だ。