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君の膵臓をたべたい/住野よる

2016年本屋大賞第2位の作品である。
すでにメディアでも多々取り上げられているので、ある程度の予備知識はあった。
それでも、タイトルの「君の膵臓をたべたい」には面食らってしまう。

まぁ、これから本作を読もうとする方々には、よもやホラーと勘違いするバカはいまい。
(もしホラーならば、「膵臓食い」あたりのタイトルにでもなるんじゃなかろうか❓)
本屋で手に取れば、カバーにはネタバレぎりぎりの文句を謳った帯が、ネットストアや電子書籍には、数々のレビューが未読者の食指を誘う。
それでも万が一、カニバリズムを期待するバカに言う。
これは男女二人の高校生の、自分探し及び自己啓発を綴った瑞々しい青春小説であり、大いなる純文学なのだと❗️


物語は、ひとりの女子高校生、山内桜良(さくら)の死に関わった、【主人公】でもある男子高校生の回想から始まる。

(この主人公の名前は意識的に伏せられていて、ちょっとしたミステリーの要素もあるのだが、ストーリーの本筋にはあまり関連性は見られない。
それよりも、会話の中で主人公の名前を【  】で示し、その人物が、主人公をどのように見ているかを客観的に表す手法が新鮮である。
これは、小説という2次元でしか成し得ない技法であり、早晩映像化(3次元)されるであろう折に、どのように処理されるのか見ものではある。)

4月、病院での奇妙な出会い。
まだ17才には衝撃とも言えるこの出会いがきっかけで、二人は徐々に親密になっていく。
だがそれは、意図せずお互いが自分に無いものを吸収していこうとする純粋な関係。
会話の半分は、掛け合いコントの様を呈するが、二人は生と死、或いは人と人の出会いと関わりについて真っすぐに、真剣に語り合う。
そしてわずかに見え隠れする淡い恋心。

余命少ない少女は、生を青春を惜しみなく謳歌する。焼肉、スイーツ、さらには一泊旅行と…
一方、隔靴掻痒の【主人公】はそれに従う。初めは半ば強制的に、徐々に仕方なく、しかし次第に自分の意思を持って……

(こういうシチュエーションは10代男子の本懐であろう。よって著者・住野よる氏は男性であると確信した事は、あながち間違っていないだろう。)

お互いに自分の探していたものを見つけ出し、そう遠くない別れを意識し始めた矢先、突然訪れた終焉❗️
それは誰も、いや読者さえも予期しなかった出来事だった。

(伏線になる記述があったとはいえ、これはいただけない。せめて交通事故という選択肢は無かったものか……)

ともあれ、生きる支えを失った【主人公】の喪失感、虚無感、絶望感はいかばかりだろうか❓
しかし一方で、【主人公】は非日常からの脱却という安堵感に身を委ね、悲しみを忘れて日常に立ち戻る。だが何か釈然としない【彼】は、ふと思い出す。桜良が遺した「共病文庫」の存在を。
ここに至って、【彼】は初めて自分の意思で人との関わりを持とうとする。一人の人間【志賀春樹】として❗️

そして、「共病文庫」を読み終えた時、山内桜良と志賀春樹はついに同化したことを知る。
二人共通の想い、願い、そして生きてきた証しそれは。。。

          『君の膵臓を食べたい』




1年後となるエピローグも実に清々しい。

久しぶりに心地よい涙を流させてくれた本作は、本屋大賞に相応しい(次点だが…)。

冒頭でも触れたが、映像化の際のキャストだが、桜良は本田翼以外考えられない。希望的観測ではあるが。。。
春樹役は、「百瀬、こっちを向いて」の彼か、「銀の匙」の彼あたり……
まぁ、キャストよりも監督の人選だけは間違わないで欲しいと願うばかりである。


最後に、タイトルの『君の膵臓をたべたい』が平仮名なのは、膵臓を食べるのではなく、「膵臓になりたい」と願う登場人物への作者の優しさなんじゃないだろうか❓