今から40年前、日本で初めての冬季オリンピックが札幌で開催された。
笠谷幸生ら日の丸飛行隊と呼ばれた日本ジャンプ陣がメダルを独占したのは、もはや神話である。
あれから何度冬季オリンピックが開催されようが、あの興奮を上回るエポックは無い。
長野で吹雪の中、原田雅彦が「フナキ~」と叫んだあの出来事は、とんだ茶番も甚だしい。
まぁジャンプの団体戦などという、メダル獲得救済競技に感動するなんぞ、現在の軽薄短小日本人には丁度良いのかもしれないが・・・
それはさて置き、私の中のオリンピックはこの札幌冬季五輪が原点である。
それ以前の東京、メキシコ大会などは、体験してはいるが記憶は不鮮明で、後年の情報がインプットされた言わばフェイクメモリーと言える。
さて、そんな札幌オリンピックで、小学5年生の私はひとりの女性に恋をするのである。
オリンピックというスポーツの祭典が、11才の少年の中で女性を愛でる稀有なイベントに昇華した瞬間である。
この後、オリンピックに限らず様々なスポーツの大会において、美しきアスリートたちが私の記憶と心に矢を放つ。
ソチオリンピックがまもなく開幕される。今大会にも女神はきっといるだろう。
そこで、そんな女神たちを過去のオリンピックと共に振り返ってみたいと思う。
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~札幌オリンピック編(1972年2月)~
冬季オリンピック悲願の金メダル獲得なるか? 笠谷率いる日の丸飛行隊や、鈴木恵一、肥田隆行ら豪華短距離スピードスケート陣の前評判で、日本国中が沸き返る中、アメリカからやってきた18才のフィギュアスケーターが日本国民を虜(とりこ)にする。
★File.1 ジャネット・リン(アメリカ)
まだ現在ほどスポーツが多様化されていなかった日本では、女性が世界で活躍するスポーツは、バレーボールくらいであった。正直この時まで、私はフィギュアスケートという競技は知らなかったし、周りの人も大半がそうだったように思う。
それが、若干18才の少女が日本中を熱狂させるのである。
もちろんこのジャネット・リン嬢こそが、私の恋のお相手であることは言うまでもない。
その愛くるしさは撫で回したいほど、その微笑みはまるで天使のよう、そして真っ赤なコスチュームを身にまとったそのスケーティングは氷上を舞う妖精のよう・・・
コンパルソリー(規定演技)が苦手で銅メダルに終わったが、フリーで尻もちをついたにも拘らず満点の芸術点を出すなど、その演技は金メダリストのシューバを遥かに上回っていた。
「銀盤の妖精」、「札幌の恋人」などと呼ばれたのも当然で、当時のアイドル雑誌や少年誌などのグラビアにも頻繁に登場していた。
しかしその翌年、再来日した彼女は、青春真っ盛りといったニキビ面に、田舎から都会にやってきました的雰囲気いっぱいで、私の恋心も一気に冷めてしまったのであった。
だが、札幌で魅せてくれたあの眩いばかりの輝きは、私の記憶と心に一生刻み込まれて消える事はないであろう。
★File.2 カレン・マグヌセン(カナダ)
カレン・マグヌセン。 リン同様、札幌に咲いたもう一輪の花である。
リンより1才年上の彼女は、はつらつとした中にも、女性らしさが垣間見え、リンとはまた違ったタイプの綺麗なお姉さんと言えよう。
私よりも2つ、3つ年上の男子には、リンより人気があったように思う。
真っ赤なコスチュームに、何よりも弾けるような笑顔が魅力的で、まだあどけなさが残っているにも拘らず、自分の中の女性らしい部分を魅せる術を知っているような印象を受けた。
リン、マグヌセンという二人の華やかさに、すっかり霞んでしまった女王ベアトリクス・シューバ(オーストリア)は全く可哀想であった。
今知ったことだが、この時のシューバはリンと2つ、マグヌセンとはたった1つしか年が違わなかったようだ。
ずっと年上に見えたのは、演技やコスチュームの地味さばかりとは言えないと思うが。。。



