何とも気恥ずかしいタイトルの作品だ。
ましてや、この装丁である。
小生のごとき中年オヤジが書店で買うには、少々の勇気が必要である。
ちなみに筆者(私)は、文庫本にも関わらず、スポーツ雑誌の下に隠してレジに出した。まるで、中学生がエロ本を買う時のように…… (^^;;
本題に入ろう。
本作は、湊かなえ衝撃のデビュー作「告白」の次に刊行されたミステリー小説である。
冒頭のタイトル云々の理由から、なかなか読む機会を作れなかったのだが、この夏「ホラー・サスペンスフェア」と銘打つ双葉文庫のコーナーに本作を見つけ、発売から5年半が経過した今、ようやく「体感-5℃を味わう」(帯のキャッチコピーより)ことが出来た訳である。
極上のミステリーであり、ホラーである。
彼女の文章は実に読み易い。一気に読み進められるため、ハラハラドキドキを途切れさせることなくクライマックスを迎えられる。
これはミステリーに於いて重要なファクターと拙者は考える。
小難しい単語や熟語は、極力排除され、かと言って決して雑にはならず、スイスイと万人が読み進められる文章力。相当な技量を持った作家である。
ある時期、相撲界に於いて、横綱・大関昇進の伝達式の口上に難解な四字熟語を駆使する悪しき(?)習慣が横行した。あたかも、自分が博識であると言わんばかりのしたり顔に、少々不快感を覚えたものだ。
なにも小難しい単語や熟語を並べずとも、充分魅惑的な作品が完成するという事実をここで言いたいのである。
話を作品に戻そう。
対照的な二人の女子高校生を中心に、二人の男の子と二人の大人の男性。ほぼこの6人によって物語は展開する。
そしてあり得ないような偶然性をもって、この6人が絡み合う。
この一見無関係に思える登場人物の言動・行動が一本の糸のように繋がった時、何とも言えない爽快感に包まれるのだ。
この微妙に散りばめられた伏線全てに気づく読者は決して多くはないだろう。私などは、唯の一つも看破することは出来なかった。それ程見事な伏線の張り方である。
今から40年も昔、「アルキメデスは手を汚さない」に始まった、小峰元氏による青春推理小説というジャンルは、その後幾多の名作を産み出した。
筆者は、懐かしさと共にこれら一連の作品群を思い出したのであるが、小峰氏の描いた悪漢少年少女たちと、本作品のそれとは明らかに異質だ。
昭和50年前後、「アルキメデス…」の舞台とほぼ同時期に、田舎の中学高校に通っていた筆者には、登場人物の大人びた言動や行動にある種の衝撃を覚えた。さすがに都会の高校生全てがそんなだとは考えたくなかったが、それでも自分の周りの面々の幼さに比べると余りにもギャップがあり過ぎた。それほどに小峰氏の作品の少年少女たちは、当時としては破天荒だった。
にも関わらず、彼・彼女らの犯罪には、そこに至る確固たる動機、すなわち大義名分があった。
しかし、本書の少女二人にはそういったものは一切無い。ただ、「死」というものへの飽くなき興味があるだけだ。
近年、サイコパスという単語を耳にする。いわゆる精神病質である人のことをこう呼ぶらしいのだが、本作品の少女二人は、まさにこれの予備軍ではないだろうか?
幸い二人は、直接殺人を行ってはいない。しかし結果として傷害事件や自殺に関わった事に間違いは無い。
本人が意図しないところで起きてしまう間接的な「死」
そして、おそらく罪に問われることも無い。
実に恐しい。。。
この作品における「少女」たちの願望と似たような動機を持った女子高校生が起こした衝撃的な事件は、まだ我々の記憶に新しい。
テレビドラマ化、映画化の機会が非常に多い湊作品であるが、こういった事情から、当分映像化は無理と思われる。
由紀役は橋本愛、敦子役は広瀬アリス辺りで是非とも見たかったところではある。
何とも NHK っぽいキャスティングになったが、実際 NHK ならやってくれそうな気もする。
但しその時は、タイトルがそのまま「少女」だけは勘弁して欲しい!
オジさんの切なる願いである。

