行ってきました。
2026年3月15日(土)14時開演
牛田智大 ピアノ・リサイタル
茅ヶ崎市民文化会館 大ホール(神奈川)
茅ヶ崎に向かう電車の中で、チケットを出して開場時間を確認していたら
隣に座った方に「牛田さんですか?」と声をかけられてびっくりしました。
その方もこれから牛田くんのリサイタルに行かれるということで
話をしているうちにSNSでもお話したことのある牛田ファンの方だとわかってお互いびっくり。
会場までご一緒させていただきました。
会場のある茅ヶ崎は、サザンの桑田佳祐さんや加山雄三さんを輩出した土地。
マンホールに描かれているのは、サザンの歌にも登場する烏帽子(えぼし)岩。
また撮ってしまった…(*^.^*)
茅ヶ崎駅から徒歩7分。
着きました。本日の会場、茅ヶ崎市民文化会館。
茅ヶ崎市民文化会館 大ホール(1831席)
(画像お借りしました)
白い天井と白い壁
丸い背もたれの赤い椅子
舞台の上のピアノは艶消しスタンウェイです。
開演時間になり、長いブザーが鳴った後、アナウンスが流れました。
今日のプログラムは、決してお子様向けではありません。
小さなお子様がグズった場合、周囲のお客様の迷惑になるだけでなく
奏者の演奏の妨げにもなりますので、速やかにロビーに退出してください。
という感じの結構厳しめな内容でしたが
見た感じ、小さなお子さんの姿はほとんどありませんでした。
思えば、12歳でデビューした牛田くんの演奏会には
彼に憧れる ちびっ子達の姿がいつもありました。
デビューしてから14年。
やはり、今回のプログラム
いろんな意味で、牛田くんの新たなる挑戦なんだと思います。
プログラム
オール・ブラームス・プログラム
♪7つの幻想曲 Op.116
第1曲「奇想曲」ニ短調
第2曲「間奏曲」イ短調
第3曲「奇想曲」ト短調
第4曲「間奏曲」ホ長調
第5曲「間奏曲」ホ短調
第6曲「間奏曲」ホ長調
第7曲「奇想曲」ニ短調
♪3つの間奏曲 Op.117
第1曲「間奏曲」変ホ長調
第2曲「間奏曲」変ロ短調
第3曲「間奏曲」嬰ハ短調
~ ~ ~ 休憩 ~ ~ ~
♪6つの小品 Op.118
第1曲「間奏曲」イ短調
第2曲「間奏曲」イ長調
第3曲「バラード」ト短調
第4曲「間奏曲」へ短調
第5曲「ロマンス」ヘ長調
第6曲「間奏曲」変ホ短調
♪4つの小品 OP.119
第1曲「間奏曲」ロ短調
第2曲「間奏曲」ホ短調
第3曲「間奏曲」ハ長調
第4曲「ラプソディ」変ホ長調
時間の関係で、今日も簡単なレポになりますm(__)m
7つの幻想曲
濃い灰色の霧が、私のいる場所までゆっくりと立ち込めてくるような音色でした。
いつも座ることの多い前方の席と違い、かなり後ろの方の席で聴いたのですが
息遣いを感じて同化するような前方の席も良いけれど
ホール全体を俯瞰して見ることのできる後ろの席もとてもよかったです。
離れた場所で聴くせいか、音色が立体的で肉厚で
左手の低音が深さと奥行きを感じさせ
今まで気づかなかったメロディが浮かび上がってきました。
しょっぱなからあまりに美しく
天空の下、無数の星々を仰ぎ見るプラネタリウムの中にいるようでした。
くつろぎ揺らぐOp.116-4は祈りのようで
最後の方で「アヴェ・マリア」と聴こえる箇所がありました。
Op.116-6は薄紫色の薔薇の花。
花びらの上で光る朝露が、少し悲し気で涙の粒のよう。
不吉な予感に怯えるようなOp.116-7。
恐ろしい予感が的中し
一番起きてはならないことがとうとう起きてしまったと
降りかかる運命に目を見開いたまま立ち尽くす。
7曲の幻想曲が終わると
牛田くんはタオルで額の汗をぬぐいました。
今日は拍手をする人は一人もいませんでした。
3つの間奏曲
この3曲は、感情のグラデーションだと思います。
優美・優しさ
↓
優しさから絶望
↓
絶望と孤独
というように。
1曲目のOp.117-1の美しいメロディに
ハッとして、「この曲は何?」というように
プログラムを広げて確認する人の姿がチラホラありました。
優しくあたたかく、慈愛に満ちた音色。
最後の方は、幼子を抱いたマリア像の姿が見えるようでした。
Op.117-2の始まりは、とても優しく美しいのに
終わり方が絶望的に寂しい。
今日のホールの音響を、正直あまり期待していなかったのに
すごく綺麗。
牛田くんの音色が美しいのももちろんだけど
きっと、今日の調律は佐々木さん。
何度も聴いているうちにOp.117-3の印象がちょっとずつ変わってきました。
この曲を一言で表現するとしたら「孤独」になる気がするけれど
そもそも孤独って悪いもの…?
ブラームスの人生って不幸だったの…?
その、どうしようもない独りぼっちの寂しさを赤裸々に吐露する潔さが一周回ってかっこよく
「孤独」=「正義」とか「美」だとすら感じるのでした。
実際、若い頃に「孤独」に対して抱いていたネガティブなイメージを
最近の私は全く感じません。
休憩時間になると
メガネをかけた佐々木さんが登場しました。
やっぱりだ。
牛田くんと佐々木さんがタッグを組んだら最強だ。
6つの小品
優しいオブラートに包まれたようなOp.118-2の
しんとした悲しみに胸が痛くなる。
ああ、この懐深い優しさは
深い悲しみを知っているからなのね。
寄り添うように
一音一音に心が宿っているようなあたたかかな音色。
続くOp.118-3のリズミカルな躍動は
ブラームスの鼓動を聴いているみたい。
生きている。
それでも自分は、肉体を持って生きている。
Op.118-5のロマンスは
大地に沈むオレンジ色の大きな夕陽。
やがて、幻想的なうたかたのトリル。
深い海の底で揺らぐ波。
銀色の魚の鱗が光る。
牛田くんが好きだといったOp.118-6。
今まで気づかなかったいろんな要素が見えてくる。
皮膚が泡立つように低音から駆け上がる左手に
意識朦朧としてくるみたい。
偶然なのか、今期のリサイタルは全部で20回。
今回のプログラムの曲数と同じです。
16番目のこの曲は、ちょうど16回目の今日の茅ヶ崎公演と重なります。
暗いんじゃない。
深いんだ。
世の中には、明るいことがよいことで
暗いことがよくないことのように捉えられる風潮があるけれど
決してそんな単純な二極では測り切れない軸がある。
そのことを、大人になった私たちは もう知っている。
最後の打鍵の 重く残酷な響きが
人生最後の鼓動のように聴こえました。
4つの小品
まどろみのような 幻想的なOp.119-1。
星空に抱かれて 空の上に行った人たちに微笑みかける。
「頑張ってるよ」
瞬いた小さな星の声が 聴こえたような気がする。
「いつも見てるよ」
1曲1曲が悲しくて
寂しくて ささやかで
そして、ため息が出るほど美しい。
この美しさを、なんと例えればよいのだろう。
例えばショパンのコンチェルト1番の第3楽章のように
ぴちぴちと命が芽吹く眩しさとも違う。
モーツァルトの長調のように、軽やかな心地よさとも違う。
バッハのように、整っていく感じとも違う。
こんなの初めてだ…。
誰もが内側に抱えていて
普段忘れてるふりをする
心の奥底にしまい込んだ寂しさや悲しみに
そっと寄り添ってくれるこの感じ。
例えてみるなら、やっぱり夜空の星。
名前もついていないような
目を凝らさないと見えないような。
今日で何回目になるんだろう。
もう私は、この20曲の流れをすっかり覚えてしまった。
どうしよう。もうこのプログラムが好きで仕方ない。
リサイタル情報が出るたびに
詰め込みすぎじゃない?牛田くん、事務所に働かされすぎじゃない?と心配になったのに
こんなにたくさん聴く機会を与えてくれたジャパンアーツに今では感謝してしまう。
明るい長調の曲が好きだったはずなのに
どうしてこんなに好きなんだろう。
…加齢、でしょうか?![]()
それでも、Op.119になると
幾分軽やかになる音楽に
トンネルの中で出口を見つけたように、心が軽くなる気がします。
それでも今日もあっという間で
終わってしまうのが名残惜しい。
今日も素晴らしかった。
この作品に出会えてよかった。
ありがとう、牛田くん。
アンコールは、昨日の大阪公演に続き
舟歌とノクターン17番でした。
さっきまでのブラームスの世界とは打って変わって
自由で幻想的で、夢の世界のようでした。
拍手の中、2曲目のノクターンを弾くために牛田くんがピアノに近付くと
会場から嬉しいどよめきが起こりました。
今回のツアーで聴く、自由に解き放たれたように感じるショパンを聴きながら
2回のコンクールを経て
私たちファンは、ショパンに少しずつ傷ついていたのではないかと思いました。
解放してもらったのは、もしかしたら私たちの方なのかもしれません。
牛田くんが舞台から姿を消しても
拍手はいつまでもいつまでも鳴りやまず
牛田くんはもう一度登場して挨拶をし
最後に笑顔で両手を胸の前でギュッと握りました。
ありがとう、牛田くん。
やっぱりあなたは最高です。












