行ってきました。
2025年1月5日(日)14時開演
牛田智大 ピアノ・リサイタル
麻生市民会館大ホール(神奈川)
新春リサイタルツアー2日目は、牛田くんの母校・昭和音楽大学もある小田急線新百合ヶ丘。
その昔、独身時代のジャックも一人暮らしをしていた新百合ヶ丘。
駅の南側は賑やかですが、会場のある北側は合同庁舎などがあってちょっとお堅い雰囲気です。
ホールは合同庁舎の奥にあります。
前回牛田くんがここでリサイタルを行った2022年9月、麻生市民会館前の広場は長蛇の列でした。
その時の記事
今回は大丈夫かな、と見てみたら…
前回ほどではなかったけれど、やはり建物前で結構並びました。
入ってからもトイレに続く長い列。
麻生市民会館 大ホール(1010席)
(画像お借りしました)
会場に足を踏み入れると、ピアノの音が聴こえてきました。
調律してる!
やった!牛田くんが最も信頼を寄せている佐々木修嗣さんではないですか!
ワインレッドの椅子と赤い通路の絨毯
白い壁と木の天井
舞台に置かれたピアノは、横からはロゴが見えず
目を凝らすとYAMAHAの小さな丸いマークがありました。
プログラム
曲解説は、昨日の茂原と同じ音楽評論家の萩谷由喜子さん。
表紙はチラシと同じデザインです。
♪ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
♪ショパン:バラード 第1番
♪ショパン:バラード 第2番
♪ショパン:バラード 第3番
♪ショパン:バラード 第4番
~ ~ ~ 休憩 ~ ~ ~
♪シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番
開演前に、2回アナウンスがありました。
「本日のプログラムはお子様向けではありません。
お連れのお子様がグズった場合、演奏者の精神に影響を及ぼす可能性がありますので…」
という内容が印象的でした。
トイレの列が長かったせいか、開演時間を過ぎても始まる気配がなく
静まりかえった会場は緊張感に包まれました。
この集中力、さすがです。
壁のデジタル時計が14:05になった頃
客席の照明が暗くなり
反転するように明るくなった舞台の上で
影絵のようなピアノのシルエットが黒くくっきりと浮かび上がりました。
ドアはなく、舞台袖から登場した牛田くん。
昨日と同じ黒のスーツと黒いTシャツ。
挨拶をしてピアノの前に座ります。
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
呼吸と同化するように、そうっと引き出された音色。
うわあ綺麗!
紺色の深い海。
凪いだ水面でキラキラ反射する日の光。
この前見た焼津の海みたい。
昨日は豪華絢爛と感じたけれど
今日の印象はとても繊細。
細いペン先で、複雑な曲線をさらさらと辿っているような
軽やかで洗練された演奏です。
繊細なレースが編み上がっていく様子を見ているみたい。
弾き終わると挨拶をして、一旦袖の中へ。
バラード1番
椅子に座るとフーッと口から吐き出したため息で
前髪がふわりと浮きました。
たっぷりと歌い上げます。
成熟を通り越し、まるで燻し銀のような牛田節。
外に向かってと言うよりも
自分自身の内へ内へと深く内省するように。
昨日聴いた時も、今までの演奏とは違うと思っていたけれど
ちょっと私は油断していたようです。
抗えない運命のうねりに飲み込まれるような演奏に
すっかり引き込まれてしまい
昨年、実家で起きた出来事の一番辛かった頃のあれこれが
突然フラッシュバックのように蘇りました。
姉の納骨の時
墓石の前で方丈様のお経の声を聴きながら
崩れそうなくらいに慟哭したときのこと。
しゃくり上げているうちに咳が止まらなくなり
呼吸もまともに出来なくなって
腰の曲がりかけたおばが、隣で私を支えるように背中をさすってくれたこと。
人生にはどうにも避けられない地獄のような体験もあるのだと
思い出させられた気がしました。
轟々と燃える炎のように響く ラストの強い打鍵は残酷で
私は絶望のあまり座っているのに貧血みたいな状態になり
一瞬気が遠くなるような目眩を覚えたほどです。
衝撃的すぎる…。
ショパンは「ピアノの詩人」とも言われているけれど
バラードに関しては詩(ポエム)なんて生やさしいものじゃないですよね。
いや、牛田くんの演奏が いつも私をこんな心の旅にいざなうのです。
会場から拍手が起きましたが
集中している牛田くんは軽く片手を胸に当てただけでした。
バラード1曲目にして、なんかすごい体験をしてしまった…。
バラード第2番
優しく柔らかく始まって
突然谷底に突き落とすような第2番
油断できません。
その手には乗らないわよ!と、財布の紐をぎゅっと握りしめて
詐欺に遭わないように肩をいからせるお婆ちゃんみたいに構えてましたけど
天国性と地獄性のコントラストが半端なく
さっきの第1番の余韻のせいか
地獄絵図のようなイメージが浮かびました。
バラード3番
すみません。
ちゃんと聴いていたし、何かを感じていたはずだけど
どうしても思い出せません。
ただ覚えているのは
ピアニッシモがとても繊細で
中学生の頃の演奏とは、まるで違う曲のようだったこと。
バラード4番
ものすごい集中力で
完全に世界に入り込んでいる。
そんな感じの演奏でした。
まるで自分とピアノしか世界に存在していないかのように
自分とピアノとの境界線さえないかのように
内へ内へと向かうエネルギーが凄まじい。
時々唸るような息遣いが聞こえてきます。
寒い…。
この日のホール、ずっと寒いと感じてました。
牛田くんは寒くないのかしら。
指は冷たくないのだろうか。
そんな私の心配をよそに
内側で渦巻く熱気で背後に炎が見えそうな牛田くんの演奏。
このスケールの大きさはなんだろう。
まるで魂が体から抜け出して
幽体離脱して、遙か上から自分を見下ろしているような。
遙か昔、前世までの記憶を辿っているような。
もう、見事に牛田くんのショパンに翻弄されました。
休憩時間、トイレに行ったらやはりものすごい行列でした。
スタッフの方達が、「あと○分で開演です」と何度も言っているけれど、並んでいる私達にはどうしようもありません。
これ、なんとか改善されないんでしょうか…![]()
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番
登場した牛田くんは
椅子に座ると、片方ずつ袖口に手をやって
天を仰ぎ
俯いて
一度両膝の間に入れた両手の右手だけが
脱力したようにブランと椅子の外に垂れました。
天上の音色。
ショパンの第一音でも、角がないと思ったけれど
さらにまあるいあたたかな色。
でも、今日はその奥に横たわる不安や悲しみの方に意識が行きます。
彼方から響く遠雷。
時折左手が奏でる旋律は、明るさの中に隠れた魂の声のよう。
この曲のイメージはやっぱり雪。
あたたかなぼたん雪。
そして、寒さに震える体にそっとかけられる毛布。
ああ、あの日も雪だったな…。
またしても私は、昨年3月のことを思い出しました。
ものすごい雪だった。
火傷した母を車の後ろに乗せて
松本の叔母の家に向かったけれどなかなか進まなくて
このまま一生辿り着けないんじゃないかと思った。
今、故郷には雪が降っているだろうか。
更地になった実家の土地は、白い雪で覆われているだろうか。
頭の中で、懐かしい庭に雪を降らせました。
乾いた土に静かに降りるあたたかな雪。
無花果の木にも 牡丹の葉にも
姉妹で座ってよく写真を撮った大きな庭石にも。
そして、庭の片隅に葬った桃色の小さなお魚の上に雪の毛布をかけてあげよう。
黒く焼けた家も瓦礫も
全部全部 白い雪で覆ってしまおう。
悲しい記憶も、全部。
第二楽章のおしまいで
すべてが昇華して 天に向かって光の方に上がっていくのを感じました。
ああ、受け入れられたんだな。
雲の上の扉の向こうに。
最後の和音は「アーメン」と聴こえました。
第3楽章のイメージは黄緑色。
無邪気なくらいに明るく可愛らしい。
時々頬に落ちる影。
第3楽章とはフィールドを替えて
やっぱり走り続けるような第4楽章。
第3楽章が、無邪気に野原を転げ回る仔犬なら
第4楽章は、ゴーグルをつけて水の中を進む競泳選手。
繰り返すロンドがちょっとしつこいかも、と思い始めた頃
勢いよくパタパタと店じまいするようなフィナーレ。
その力強さと潔さが
それまでの自分の人生すべてを全面的に大肯定しているようで
今度はバラード1番とは逆の意味で衝撃的でした。
今回のプログラム、凄すぎませんか…?
弾き終わった牛田くんも、息を切らしていました。
気付けば何故か私も肩で息してる。
いやあ、もう引き込まれすぎて拍手するのも忘れそう。
アンコールがありました。
ショパンのノクターン17番。
すべてを赦し包み込むような
まるで鎮魂歌のよう。
水辺に落ちた一枚の白い花びら。
なんて、なんて美しい音色。
そして、なんて悲しいんだろう。
充分な間を取って自由に歌う牛田節。
ああそうだ。私、この曲がもう一度聴きたくて、去年の6月山形まで行ったんだ。
昨日の茂原のレポ記事では時間がなくて書けませんでしたが
昨日もこの曲の音色、本当に美しかったんです。
言葉を失ってしまうほど すべてが金色に包まれていました。
カーテンコールで再び登場した牛田くんが、挨拶をしたあとピアノに向かいました。
勢いよくガツンと弾き始めたのはショパンのエチュードOp.10-1。
えええっ!?
ここでこう来る?
鳥肌が立ちました。
いきなり目の前に広がる青い海。
水色の空。
そして私は白いカモメになって飛んでいる!
なぜか突然、涙が溢れ出してきました。
今の今までショパンとシューベルトに散々翻弄されて
なんか人生終えた気分になってました。
実際、実家のこともいろいろ終えて
今後の人生はもう「余生」でいいと思ってました。
生きろ! 生きるんだ!
自分の人生を。
そんなふうに背中を押されてるみたいで
熱い涙と一緒に体の奥から沸々と湧いてくるエネルギー。
ああ…。
3曲目を弾くために彼がピアノに向かったとき
客席から小さなどよめきが起こりました。
私の所からは手元がよく見えなかった牛田くんが弾き出したのは…
ああ…!
(T^T)゚。
シューマン:ピアノ・ソナタ 第1番 第2楽章
これはもう反則です。
今日泣くことなんて、全然想定してなかった。
タオルはバッグの奥深くにあるのに…。
もう聴けないと思ってた…。
急に心がゆるんで涙が止まらない…。
いろんな思いが去来して、とても客観的に演奏を聴くことが出来なかったけど
最後の方は、ただ牛田くんの幸せを祈りました。
ありがとう。
ありがとう。
帰り、駅の反対側に行ってみました。
今の時期、イルミネーションのライトアップをやってるみたい。でもまだ時間が早いですね。
少しずつ日が長くなりましたね。
ピンク色にかすかに色づき始めた雲の中に、白い下弦の月が見えました。
向こうの方に牛田くんの母校も見えたよ。
おまけ
今朝の朝焼けが綺麗でした。















