ひっそりと 家族葬を執り行いましたが
これはこれで よかったと思います。
もしもコロナがなかったら
父の葬儀はもっと大がかりなものになっていたかもしれません。
8年前 100歳で他界した祖母の時のように
100人を超える弔問客が訪れて
通夜の後の会食では
久しぶりに再会した親戚連中で賑わって
お酌をしたりされたり
思い出話に花が咲いていたかもしれません。
だけどもう 伯父や伯母達も うちの両親同様立派な老人です。
田舎は都会のように交通網が発達しておらず
遠方からの親戚の移動も大変です。
香典を用意して 喪服に身を包み
会場まで足を運ぶのも
若い頃とは違って きっと一苦労。
迎える側も
引き出物の準備や弔辞の依頼
葬儀の段取りやお車代の用意
悲しみと疲れでヨレヨレになった喪主は
通夜や葬儀での挨拶の言葉も考えなくてはならない。
まだ活力があるうちならば
故人を十分に送り出すことが出来たと 心残りもないでしょう。
けれど人生100年時代。
あまりにも負担が大きいと思います。
コロナ禍を機に 葬儀の在り方も見直されていくかもしれませんね。
さて
今回私は
思いがけない帰省をしたことで
なかなか会えずにいた人達と会うことが出来ました。
家族葬だったので 通夜や葬儀に訪れる人はいませんでしたが
葬儀の後 ご近所や親戚に挨拶に行きました。
向かいの家の 幼なじみのお母さんも 母の妹も
会わなかった年数分 確実に年を取っていました。
従姉には初孫が誕生し
アメリカ人とのハーフの1歳半の可愛い坊やを
あやそうとしたら思いっきり泣かれました(T_T)
行けなくて気がかりだったお墓参りにも行けました。
だるまが並ぶ 東京の我が家のパワースポットに毎朝手を合わせ
ご先祖さまに感謝の気持ちを伝えてはいますが
所詮ここは仮の場所。
本家本元にはかないません。
ご先祖様
おじいちゃん
おばあちゃん
父がそちらに行きます。よろしくね。
そして遺された母のこと
どうぞ見守ってくださいね。
女系家族の私の実家ですが
私が生まれる前 父は男の子を期待していたらしく
昔から どこか私は「次女」というより「長男」的で
潤滑油的な役割なところがあるみたいです。
東京に帰る前に
大好きな叔母のところに泊まることにしました。
叔母と言っても 血は繋がってなくて
父の弟である叔父の奥さんなのですが
私達は小さな頃から叔父夫婦のことが大好きで
叔父の家は 言わば私達姉妹の駆け込み寺でした。
8人兄弟の末っ子だった叔父は5年前に他界して
松本の家で一人暮らしをしている叔母のことがずっと気になってました。
ああ、やっと大好きな叔母に会える!
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「泊まりに行ってもいい?」
と電話すると
叔母もとっても嬉しそうでした。
叔母と私の誕生日は一日違いなのですが
4月の叔母の誕生日に電話したとき
コロナ禍で実家になかなか帰れないとボヤく私に
「実家に帰れなくても ここに泊まりにおいで。
たまには一人で ゆっくり羽を休めにおいで」
そう言ってくれて
本当にそうしたいと思っていたんです。
こんなに早く実現するなんて…。
何年ぶりかで会った叔母は
私が想像していたよりもずっと元気でした。
家の中はきちんと整理され
床も階段もピカピカで塵一つなく
二階の客間には 既に清潔な布団と小さな灯りが用意されていて
たくさんの手作り料理でもてなしてくれました。
弱く小さくなった母を見ていたので
母と同じ年の叔母の丁寧な暮らしぶりとエネルギーは
驚異的と言ってもいいくらいでした。
突然泊まりに行ったにもかかわらず
叔母の手作りの何種類もの漬物や ココアのゼリー
お餅を焼いて作ったお汁粉
野菜の煮物や山菜のおこわ
「茶色い田舎料理ばっかりだから」
と 煮魚や干物が乗ったお皿には
庭で採った茗荷や南天の葉が飾られていました。
夜は日本酒で乾杯しました。
叔母はそんなにお酒が強くないし
私も最近ではほとんど飲まないけれど
お酒が大好きだったのに 肝臓癌でお酒が飲めなくなって亡くなった 叔父の遺影に向かって乾杯しました。
こたつに足を入れて
いろんな話をしました。
私の両親のこと
従兄たちのこと
叔母の子供時代や若かった頃のこと
私の仕事のこと
娘やジャックのこと
最近読んだ本のこと…
ビックリしたのは 私の父と母のなれそめ。
普通のお見合い結婚だとばかり思っていましたが
実は 毎朝駅で見かける母のことを父が見初めて
「なんとかあの人と結婚したい」
と 知り合いに頼み込んで紹介してもらい
お見合いにこぎ着けたのだそうです。
えーーーーっ?!!
だからいつも母の方が優勢だったのか!
叔父や従兄弟たちの話は
決して自慢話をしているわけでもなく
昔話と その時の会話を ただ聞いているだけなのに
聞けば聞くほど人間臭くて家族を大切に思う従兄達がカッコ良く
いくつになってもやんちゃな叔父が可愛くて
なんて素敵な家族なんだろうと思いました。
私の姉の結婚式の時 叔父がスピーチを引き受けてくれたのですが
人前で話すのが得意ではない叔父が
秘かにお風呂で シャワーヘッドをマイク代わりに練習していたという話は
もう 愛おしくって涙が出ちゃいました。
叔父と叔母のことを書いた記事
早くに父親を戦争で亡くし
貧しすぎる家庭で育った叔母は
相当な苦労をしてきたはずなのに
苦労話も自慢話もしません。
とても聡明な人なので
もしも父親のいる家庭で育っていたら
きっとすごい人になっていたに違いないと思うけれど
自分を大きく見せようとすることもなく
必要以上に謙虚になることもなく
いつも朗らかに 海のようなおおらかさで接してくれます。
綺麗で 明るくて 優しい叔母は
子供の頃から憧れの人でした。
そんな叔母と こんな風に何時間も
サシで話が出来るなんて
年を重ねるのも悪くないかも…。
関東で暮らしている従兄に
「お兄ちゃんの代わりに親孝行してくるね」
なんて言ったくせに
たくさんの手料理をご馳走になり
あったかいお風呂に入り
心地よい布団でぐっすり眠り
私の方がすっかりお世話になってしまいました。
叔母の家に来ると
本当のおもてなしって こういうことだといつも思います。
彩りに庭の葉っぱが添えられた
茶色い田舎料理をいただいていると
味よりも見た目重視の私の料理やお弁当なんて
うわべだけのメッキのように感じられて
ちょっと恥ずかしくなったりします。
一人暮らしでも きちんと家の中を整え
小説や新聞を読んでクロスワードを楽しみ
お風呂上がりには白い髪をカーラーでセットして
爪には薄いオレンジのマニュキュアを施している叔母。
誰のためにするわけでもないけれど
綺麗にすることで 自分の心が明るくなるのだそう。
一人寂しく暮らしているだろう と思っていたけれど
叔母の人柄だからでしょう。
ご近所さんが 料理のお裾分けを持ってきたり
友達から電話がかかってきて おしゃべりしたりしてました。
そんな叔母を見て
まだまだ大丈夫 と安心したけれど
こんなふうに自分を律して暮らしているのは
自分のためというよりも
東京で暮らす息子達に心配をかけないためなのだろうと思いました。
ここに来るときはいつも 叔父や母や娘が一緒だったけれど
初めて二人だけで こんなに長い時間を一緒に過ごし
腹を割っていろんな話をした 今回の訪問。
何度も二人で
「楽しいね」
「嬉しいね」
と 言い合いました。
今度はいつ会えるかな。
そんなふうに思いながら
叔母のことが大好き過ぎて
やっと会えたことが嬉しくて
私は 叔母のことをぎゅーっと抱きしめたくて仕方なかったです。
帰る時には なんと叔母自ら車を運転して
バス停まで私を送ってくれました。
バスが発車するまで見送ってくれた叔母と私は
窓ガラスごしに
少女みたいにクスクス笑いながら
マスクの口元から 何度も投げキッスを送り合いました。
「森のイスキア」の佐藤初女さんを思い出しました。
青森の山のふもとで一人暮らしをする佐藤さんのもとに
都会の生活に疲れたり 心を病んだ人達が訪れて
彼女に話を聞いてもらい
彼女がにぎったおむすびを食べて
元気になって また日常に帰っていく。
松本駅から電車に乗る前に
急に思いついて ある場所に向かいました。
どこだと思います?
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見えてきた!
営業してる!
懐かしーっ!![]()
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マスターも健在。三代目も頑張ってました。
ジャーーーン!
「ABE」のモカパフェ。
値段は1.5倍になってたけど
味も見た目も変わってない!
まさか こんなに早く食べに来られる日が来るなんて!
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当たり前だけど
やっぱり家族も故郷も
私のルーツです。
塩尻駅で見つけた信州ガチャ。
やってみました。
(姉の手)
さて、何が出てくるかな?
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埴輪だったーっ!(≧▽≦)
(この体型、他人の気がしない(^^;) )
転職したばかりなのに たくさんお休みをいただいてしまいました。
まだ戦力にもなれてないというのに…![]()
「お互い様だから気にしないで ゆっくり過ごしてきて。」
と 快くシフト調整してくれた友人が住まう方面には
足を向けて眠れません![]()
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私は まだちょっとションボリしています。
帰ったら 自分のために買った花束の残りの花が見事に枯れてました![]()
でも、新しい花を買う気になれません。
たくさんの祭壇の花や
棺に入れた いくつもの小さなブーケを思い出してしまって…。
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しばらくは 仕方ないですね。
父が亡くなったんだもの。
今日は父の日。
やっぱり胸が痛いです。
最後までお読みくださった方
いいねやコメントをくださった方
心のこもったメッセージをくださった方
本当にありがとうございました。














