やっと週末です!
昨日も仕事で完全燃焼![]()
もう余力がないほどに疲れ切って家に帰ると届いていたこちら!
(≧∇≦)(≧∇≦)(≧∇≦)
1週間の疲れも吹き飛びました。
はい。牛田ファンなら、今日が何の日かご存知ですよね。
8年前の3月14日、彗星の如く現れた、12歳の少年ピアニスト。
ご自身の成長と共に、さらに大きく成長した彼の音楽。
昨年秋には20歳のお誕生日を迎え
話題性のある『少年ピアニスト』から脱皮して
日本を代表する実力派ピアニストに見事に成長されました。
8年間。
産声をあげた赤ちゃんが、やんちゃな小学生に成長するまでの年月。
恋に落ちたカップルが、結婚して、2人くらい子供が生まれて、倦怠期を迎えるくらいの年月(笑)。
仕事だって8年続けたら立派です。
当時、まだランドセルをしょった小学生の男の子が
テレビに出ることで世間の注目を集め
きっと、あれよあれよという間にデビューが決まり
その可愛らしさと愛すべきキャラクターでメディアに引っ張りだこ。
それでも着実に誠実に演奏家としての道を突き進み
多くの実績を残してきたのは
ピアノに対する情熱と「使命」と呼んでいいほどの
揺るぎない大きなが覚悟が彼の中にあったからでしょう。
東日本大震災のあった3月11日の彼のツイート。
馴染みのない土地で、地震を経験した小さな男の子。
尊敬する中村紘子さんの頼もしい背中。
『音楽人生』という言葉。
被災された方達への心遣い。
自分の音楽人生はあの瞬間に始まり
今に繋がっています
私はこの言葉を 何度も何度も何度も読み返しました。
「胸に刻む」「胸に焼き付ける」ということは
まさにこのことなんだというくらい。
140文字という制限の中で牛田くんが綴ってくれた文章は
とても尊い記念碑のようでもあり
強い意志を表す決意表明のようにも感じます。
中村先生に対する、大きな大きな信頼。
日本の歴史を塗り替えるようなあの日の地震を経験して
小さな胸に大きな決意を抱いたことでしょう。
その決意からデビューまでの約1年。
きっと様々なことがあったと思います。
震災の後、自粛モードが広がる中
音楽を続ける意味を自分に問いかけたこともあるかもしれません。
日本全体が暗く沈んでいたあの頃
天使のような少年ピアニストの誕生は
音楽会に日本に明るい灯りをともしてくれました。
春の訪れのように、人々の心に柔らかな花を咲かせてくれました。
あれから8年。
牛田くんのピアノ は いつも人々の胸に灯りをともしてくれました。
花を咲かせてくれました。
そしてこれからもずっと…。
目に見えないウィルスに世界中が振り回され
どんよりした重い空気と不安にまみれた昨今
牛田くんのピアノを聴いて
今日も癒され、励まされている人が
たくさん、たくさん いると思います。
次々と中止や延期が発表される演奏会。
晴れの日をこんな状態の中で迎えさせてしまうことが
ファンとしては悔しいけれど
これからもずっと続く彼の音楽人生の中で
これも通過点だと思います。
世界から音楽が消えたわけじゃない。
牛田くんの腕がもげたわけじゃない。
同じ思いを みんなで共有しているのだから。
20歳で迎えたデビュー8周年。
「8」という数字、牛田くんが幼少期を過ごした中国ではラッキーナンバーなのだそう。
日本でも、末広がりの「八」という字は、縁起がいいと言われていますね。
牛田くんにとって、きっと大きな大きな飛躍の年になると思います。
何か気のきいた音楽を、と思ったけれど
今年はこの動画を贈ります。
今年、世界の大舞台で挑戦をする牛田くん。
「失うものしかないのに。」と言う人もいるかもしれない。
失うものがなかったら、それは挑戦とは呼べません。
牛田くんに、大きな大きなエールと花束を!
デビュー8周年おめでとう!
あなたの行く先が
いつも愛と音楽と歓びで満ちたものでありますように!
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3月26日のサントリーホールのリサイタルの開催を
心配されている方が多いと思います。
昨日のジャパンアーツのTwitterです。
(教えてくださったファン友さん、ありがとう)
なんと、実施予定だそうですよ!
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