行ってきました。クリムト展。

 

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場所は上野の東京都美術館。

 

始まって間もないし、連休だし、大混雑覚悟で行ったのですが、

 

20分ほど並んだだけで入ることが出来ました。

 

 

このクリムトの絵に魅せられたのは、確か高校生の時。

 

クラスメートに、芸術や洋楽を愛する友人がいて、彼女から教えてもらったクリムトの絵。

 

煌びやかで、官能的で、でもどこかに「死」や「退廃」の香りの漂う作品は、当時まだ十代だった私の心を捉えました。

 

 

20代の時、パリに旅行した際にも、美術館のショップで(多分)、自分へのお土産に、クリムトの絵のポストカードブックを購入(そこでクリムトの絵を見たかどうかは覚えてません(;^ω^) )

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グスタフ・クリムトは19世紀末のウィーンを代表する画家。

 

ただ単に「好き」というだけで、ほとんど彼のことも、作品の解説も知らなかった私。

 

 

まず驚いたのは、彼は生涯独身だったにも関わらず、14人もの子供がいたという事実。

 

彼は裸婦を多く描いていますが、モデルとなった女性たちが次々と彼の子を宿しているのですから、

 

 

そのぅ、、、なんというか、絶倫…(;^_^A

 

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私の中で、ゼツリンといえば、トッキュウジャー。

実際にはお腹から機関車(?)が出て来てるらしいのですが、最初にこれを見た時の

「最近の正義の味方は絶倫ぶりで敵を脅かすのね!」という驚き(勘違い)が忘れられない。

ああ、自分の妄想力を呪うわ… (/ω\) いやん

 

 

 

あ、話を戻します(〃▽〃)

 

 

のちに かの作曲家、グスタフ・マーラーの妻となったアルマ・マーラーも、クリムトの子供を産んでいるのだとか。

 

 

音楽にも造詣が深く、ベートーヴェンの第九交響曲に着想を得て描いたという「ベートーヴェンフリーズ」という壁画(縦約2m、幅約34m)が、そのまま展示されていて壮観でした!

(ベートーヴェンフリーズの一部)

 

 

クリムトの絵は、本当に色彩が美しく、描かれる女性たちの表情が官能的で魅惑的なのですが、

 

よくよく解説を聞くと、煌びやかな中にもグロテスクな死生観が息を潜めていて、

 

そこがまた、彼の作品から目を離せなくなる魅力の一つでもあると思います。

 

 

たとえば有名なこの絵。「ユディトⅠ」。

 

ポスター等では、女性の官能的な表情と美しい肌、豪華絢爛な衣装がクローズアップされていますが

 

よく見ると、彼女が手にしているのは敵国の王である男の生首。

 

 

 

 

幼子と若い母親の美しい表情と装飾が印象的な「女の三世代」。

 

しかし、左側に横向きに立っているのは醜く年老いた女。

 

まるで、彼女たちの未来の姿を暗示し、これから訪れる病や死の恐怖に顔を覆っているかのよう。

 

金色の背景は、さらさらとこぼれていく時の砂のようで、

 

生命の美しさ、そしてそれに対比する醜さと残酷さに思わず目を奪われてしまいます。

 

 

彼は男性を描くことはほとんどなく、女性ばかりを多く描いていますが、

 

女性の美しさだけでなく、醜さや恐ろしさも同時に描いているのですね。

 

 

 

 

オーストリア政府の依頼を受けてウィーン大学の講堂の壁画として描いた「哲学」「法学」「医学」は、

 

クリムトが、彼のポリシーと共に「光」より「闇」の部分に焦点を当てた作品を描いたため、

 

大学当局や政府から激しい拒絶を受け、大論争を巻き起こしたのだとか。

 

「医学」。

 

 

 

 

予想していたよりはるかにたくさんの作品が展示されており、とても見応えがありました。

 

 

 

中でも思わず足を止め魅入ってしまったのがこの作品。

 

「オイゲニア・プリマフェージの肖像」

 

大きなキャンバスに描かれた油絵からは

 

クリムトの筆遣い、息遣いまでもが感じられるようで

 

五感が研ぎ澄まされ、体中の細胞が深呼吸しているような感覚に。

 

匂い立つような生命力と鮮やかな色彩。

 

右上に描かれている鳥の絵は、日本の絵画の影響を受けているのだとか。

 

 

好きな絵を肌で感じ、その意味を深く知ることの充実感。

 

自分の奥深くで、魂が喜んでいるのを感じました。

 

 

 

 

残念ながら、私の大好きな作品、『接吻』と『抱擁』は展示されていませんでした。

 

クリムトならではの零れ落ちるような絢爛華麗な美しさと

 

恋人たちの狂おしいほどの切なさにため息が出るような魅力的な作品なのになあ。。。

 

『接吻』

 

 

『抱擁』

 

 

 

 

売店で、クリアファイルと栞をお土産に買って帰ってきました。

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実は私、昔水彩画を習っていたことがあるんです。

 

帰ってから、急に懐かしくなって、その頃のスケッチブックを引っ張り出してみました。

 

とてもヘタクソでお恥ずかしいのですが…あせる

 

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お目汚し、失礼しました。(〃▽〃)

 

 

またいつか、描けたらいいなあ…。

 

 

 

 

 

さて、元号が変わってすぐの5月1日と2日、関西にある夫のジャックの実家に帰省してきました。

 

 

年をとっても元気でいてくれる両親の姿を見て安心し、

 

昨年 年の離れたダンディな資産家と結婚した義妹の超豪邸に遊びに行き、

 

世田谷から一人で飛行機に乗って来ていた7歳の姪っ子と遊び、

 

家事を手伝い、

 

みんなでワイワイと食卓を囲み、

 

娘も私も大好きなジャックの実家。

 

 

夕方頃、娘と姪っ子がコソコソとどこかへ出かけて行って、戻ってからもソワソワ。

 

夕ご飯が終わってしばらくした頃、2人のソワソワが頂点に達し、出してきたケーキの箱。

 

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なんと、私達夫婦と、義妹のご主人のバースデーケーキでした。

 

ろうそくは3人分で3本。

 

バースデーケーキのろうそくをフウッと消すのなんて何年ぶりだろう…ラブ

 

 

 

夜、姪っ子と布団を並べ、絵本を2冊読んであげました。

 

読み終わって、「おやすみ。」とそっと髪を撫でると、

 

「お母さんみたいにしてくれてありがとう。」と言う姪。

 

やがて、すうすうと聞こえてくる小さな寝息。

 

小さな手。 小さな布団のふくらみ。

 

 

ああ、なんて愛おしいんだろう…。

 

 

 

最近JKデビューして、私を見ても「キモい」「ウザい」を連発してくる娘にもこんな頃があったんだよなあ~。

 

(´;ω;`)ウウッ…

 

 

 

 

翌日はみんなで連れ立って近くのショッピングモールへ。

 

姪っ子の欲しがってたリュックを選び、

 

娘の洋服を選び、

 

「きゃー、この服可愛い。兼用で着ようラブラブ

 

というあたりから、久しぶりに自分の服を購入。

 

ヤバい。買い出したら芋づる式にあれもこれも欲しくなる(←俗物)

 

 

しかし、アレですね。

 

女ってショッピングすると、まるでデトックスしたかのようにスッキリしますね(〃▽〃)

 

 

 

帰りは私だけ遅い時間の新幹線チケットを取り直し、

 

関西在住のファン智さんと新大阪駅のチキラーハウスで待ち合わせ。

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駅構内のお店で二人で乾杯生ビール

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貴重なGWの中のお休み、はるばる出てきてくれてありがとう。

 

深い話をたくさんたくさんして、

 

新幹線の改札でぎゅうっとハグしてお別れしました。

 

 

彼女とこのアメブロを通して知り合ってからまる6年。

 

本当にいろんなことがあったけど、

 

こうして共に元号を超えて語り合える幸せ。

 

牛田くんが繋いでくれた奇跡にあらためて感謝して乾杯しました。

 

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そう。時代が新しく『令和』になりましたね。

 

私にとってずっと「皇太子さま」だった方が「天皇」になられたことに、まだ慣れない。

 

 

それにしても、ご覧になりました?

 

雅子様、いえ、皇后さまのお美しいこと。

 

白いドレスに身を包み、ティアラを頭に乗せて微笑むお姿は

 

内面から滲み出る人間性の深みを湛えた真の美しさだと感じました。

 

 

バリバリのキャリアウーマンが皇室に嫁がれて、並々ならぬご苦労をされ、

 

何年も心の不調と闘い続けてきた皇后さま。

 

目に見えない「心」の不調ほど辛いものはそうそうないと私は思います。

 

そんなご経験があるからこそのこの美しさ。

 

 

平成の天皇皇后さまがそうであったように、

 

きっと国民の心に寄り添い、平和を願い

 

天皇陛下と共に国民の誰からも愛される日本の象徴になられることでしょう。

 

 

私にとって、過ぎ去った「平成」という時代は

 

社会人となり、結婚・出産を経験し、

 

人生の中で最も核となる時代だったと思います。

 

 

新たに幕を開けた「令和」。

 

必ずしも喜ばしいことばかりではないかもしれません。

 

親の介護や別れ、自身の老いや病気と向き合う時が来るかもしれません。

 

それこそが、人間として内面的に成長する時期なのかもしれません。

 

目の前のことを1つ1つこなして、

 

自分の可能性を模索しつつ

 

自分を大切にしたい。

 

人を大切にしたい。

 

日々、感謝を忘れずにいたい。

 

 

 

『令和』という時代が、すべての皆さまにとって、充実した素晴らしい時代でありますように。