皆さまこんにちは。
藤井六段が恐るべきスピードで七段に昇格したニュースを見ると
あの礼儀正しさ、聡明さ、若き才能に牛田くんの姿を重ね、
西城秀樹さんの悲報に接し、テレビで若き日のヒデキの映像を見ると
「当時18歳かあ。18歳といえば…。」
と、最近の動向がさっぱり分からない牛田くんに思いを馳せる。
牛田欠乏症の芽々でございます。
ヒデキ(尊敬と愛着を込めて、敢えてそう呼ばせていただきます)の訃報はショックでした。
ヒデキとの出会いは確か保育園の頃。
仲良しのMちゃんが、透明なビーズのおもちゃと一緒に、ある日1枚の若い男の写真を持ってきました。
その若い男の写真に、Mちゃんはチュッチュと何度もキスをして、
「これ、あたしの宝物なの。」と。
それがヒデキのプロマイドでした。
Mちゃんは、私にビーズをくれて、なぜか求めもしないのに、1日だけヒデキのプロマイドを貸してくれました。
写真の裏には つたない子供の字で「ひでき すきよ けっこんして」と。
(Mちゃん、おませですね)
2つ年上の姉にそのプロマイドを見られ、裏面を見た姉に「何?これ~」と鼻で笑われ、
なぜかひどく恥ずかしかったことを覚えています。
今思えば、私の子供時代、ヒデキは「カッコイイ男」の象徴でしたね。
長身、長髪、オスの匂いを漂わせる野性的な美形。
ハスキーな声。フェロモン全開のパフォーマンスで熱唱する姿。
「西城秀樹」が芸名だったことも、広島県出身で17歳の時にスカウトされ、家出同然で東京に出てきたことも、
「ワイルドな17歳」というキャッチコピーでデビューしたことも、
2003年の脳梗塞に続き、2011年にも倒れていたことも、
ヒデキが亡くなったあとのニュースで知りました。
野口五郎、郷ひろみと共に、「新御三家」と呼ばれていましたが、
唐突ですが、私、子供のころから時々「野口五郎に似てる」と言われてきたのですよ。
今でも時々、鏡の中に、ゴローの片鱗を見出すことがあります。
ヒデキがパワーあふれるワイルド&セクシーなら、
ヒロミは中世的な魅力(成長と共にフェロモンを増す)、
ゴローはいつでも一番地味でしたねえ。
ヒデキがオスのオオカミみたいな色気をぶちまけて、女の子たちをキャーキャーさせてたのって
(スゴイ衣装だな(^_^;) )
今の牛田くんとほとんど変わらない年なんですよね。
彼はピアノとインコをこよなく愛し、たくさんのぬいぐるみに癒しを感じている。
世の中には、いろんなタイプの男性がいて、
いろんな青春があるんだなー。
でもね…。
ピアノをねじ伏せるように演奏して汗を飛び散らせる牛田くんには、
胸がヒリヒリするブランデーのような「エディット・ピアフを讃えて」を弾く牛田くんには、
妥協せず、自分に厳しく音楽の道をひたすら進んで行く牛田くんには、
ヒデキとはまた違った男らしさと色気を感じます。
話をヒデキに戻します。
私の子供時代から、当たり前にヒデキは常にそこにいました。
ヒデキの歌う歌は、全部じゃなくても、いつもなんとなく歌えたし、
大ヒットした「ヤングマン」は、小6の時の修学旅行で、
知多の浜辺でキャンプファイヤー囲みながら、みんなで踊ったなあ。
バーモントカレーのりんごとはちみつは、私の中ではいつまでも絶対ヒデキだし、
ちびまる子ちゃんの主題曲もついつい口ずさみたくなる。
「ギャランドゥ」が胸毛でなく、ヘソ下の毛を意味するとPンダさんに教わって赤面したのも
ついこの間のことだったような気がします。
「ギャランドゥ」で検索したら、こんな画像が出てきました。
キャー!! (/ω\)
あ、このマーク、私がつけたんじゃありませんからねっ!
男性に多い濃い体毛や、へその周囲に生えている体毛を表す俗語として定着していった。これは松任谷由実が西城の「オールスター水泳大会」での競泳用ビキニ姿に印象を受け、深夜のラジオ番組で毛深い人のことを「ギャランドゥ」と命名したことで広まっていったものである。西城が「オールスター水泳大会」に上半身裸の姿で出演した際、へそ下の濃い毛が話題となっていた。
(Wikipediaより)
へー、名づけ親、ユーミンだったのかあ。
全く話は変わりますが、先日仕事が休みの日に、幕張に住む幼馴染とイクスピアリでランチをしました。
電車で舞浜駅まで行くのなんて何十年ぶりだろう。
駅の時計がトランプのマークの形をしていて、とっても可愛いんですよ。
改札を抜けると、そこはもう夢の世界。
ランチはハワイアンのお店で。








