朝早く、早起きのファン智さんと、昔からの友人から続けてLINEとメールが入りました。
「中村紘子さんが亡くなったって!」
この短い文章が、私を打ちのめしました。
え?まさか!
今年2月の浜松国際ピアノアカデミーでも、顔色もよく、少し痩せて美しくさえなられて舞台の上でお話しされてたのに。
春に見た「題名のない音楽会」でも、とてもお元気そうだったのに。
大腸がんと発表された頃、「病気を楽しみたい。」というような前向きな発言をされていた中村さん。
活動を休止したり再開したりを繰り返されていましたが、きっとそのうち完治して、今まで以上に迫力のある、素晴らしい演奏を聴かせていただくのを楽しみにしていました。
それなのに…。
テレビをつけたらちょうど中村さんのニュース。
新聞を広げると、やはり中村さんの記事。
「日本を代表するピアニスト」という冠で紹介されている中村紘子さん。
一昨年の秋、リサイタルで聴いた、すべてを包み込む大海原のような、おおらかな演奏。
そして、寝た子も飛び起きるような、迫力溢れる力強い演奏。
日本には、こんなピアノを弾く人がいるのだと、驚嘆したあの日。
アンコールもたった一回、息も止まるような極上の「幻想即興曲」をサラリと演奏して舞台から姿を消し、二度と舞台に戻ってこなかった巨匠の潔さ。
最前列で、大きな大きな花束を抱えた、昔からのファンだと思われる熟した大人の男性たち。
彼らは今このニュースを、どんな思いで受け止めているのだろう…。
テレビで見る彼女は快活で男前。
文章を読めば歯に衣着せぬ表現に胸のすくような思いになり、ピアノの音色と同じく人を強く惹きつけて離さず、「ピアニストという蛮族がいる」や「チャイコフスキー・コンクール」などを貪るように読んだのを覚えています。
浜松国際ピアノアカデミーを設立し、牛田くんが世に出るきっかけをつくってくださったのも中村紘子先生。
私たちにとっても恩師のような存在です。
今も信じられません。
元気だと思ってた人の、これからもずっと元気でいてくれるだろうと思っていた人の、突然の悲報を聞くと、
「死」というのは、実は私たちの生活の、ものすごく身近にあるのではないかと思い知らされます。
強くておおらかで求心力があって、大輪の花のように華やかだった中村紘子先生。
72年の生涯、ほとんどがピアノと次世代のピアニストを育てることに注がれたことと思います。
あまりの驚きと、この悲しみを誰かと分かち合いたくて、思わず記事を書いてしまいました。
このブログにも、親しみを込めた「ぴろ子先生」の愛称で、何度も登場させていただきました。
最後にぴろ子先生の極上の幻想即興曲を。
中村紘子先生、日本におけるクラシック界に、たくさんの宝物を遺してくださってありがとうございました。
先生のご尽力、今後も受け継がれていくことでしょう。
もっともっと、先生のピアノが聴きたかったです。
先生のトークが聞きたかったです。
先生の文章が読みたかったです。
どうかどうか、安らかに。
今度は天国でその音色を響かせてください。
先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
