皆さまこんにちは。
最近何かと気ぜわしくて、ここのところ読書もほとんどしていなかった私。
随分前に図書館で予約した本が手元に届いても、期限の2週間では読み切れず、延長申請をしてさらに2週間。
約1ケ月かけても読み終われずにリタイア・・・なんてこともざらではありませんでした。
が、
2014年12月。
出会ってしまった珠玉の1冊。
『ピアニストという蛮族がいる』
中村紘子 著 / 文春文庫
ぴ、ぴろ子先生お若いわ…( ゚ ▽ ゚ ;)
牛田くんと出会ってからというもの、
ファンの皆さんと知り合えたことはもちろん、
それまでほとんど知らなかったクラシック音楽を通して、面白いように世界が拡がりました。
連鎖が連鎖を呼んで、次々と扉が開いていく喜び。
点と点が繋がって線になり、やがて面へ立体へと進化していく驚き。
本との出会いも、偶然が重なってたどりついた運命のようで、
まさに「一期一会」だと思います。
そもそも、私がこの本にたどりついたのは、
中村紘子さんが、どんな文章を書くのか非常に興味を持ったからであり、
この方が何冊か本を執筆されていることを、聴きに行ったリサイタルで知ったからであり、
リサイタルに行ったのは、ジャパンアーツの夢倶楽部会員の招待チケットをいただいたから。
夢倶楽部会員になったのは、牛田くんのチケットを取りたかったから。
牛田くんからもたらされた恵みは無限大![]()
さて、この本、『文藝春秋』に、1990年1月号から約1年半にわたって連載されたエッセイを1冊にしたもの。
ぴろ子先生、このエッセイで、『文藝春秋読者賞』を受賞されています。
自分達ピアニストのことを、みずから「蛮族」と呼び、古今東西のピアニスト達の奇人変人ぶりや、日本における最初の女性ピアニスト達の苦悩や情熱を、ユーモアを交えた瑞々しい文章で紹介してくれています。
この本で大きく取り上げられているピアニストは次の人たち。
◆ホロヴィッツ
◆ラフマニノフ
◆バッハ
◆幸田延
◆久野久
◆パデレフスキー
◆アイリーン・ジョイス
◆ミケランジェリ
ホロヴィッツからバッハまでなら、私も知ってます。
でも、この本が面白いのは、音楽家として誰もが知っている彼らの内側にさらなるメスを入れ、おそらく本人達も知られたくなかったであろうプライベートな話や、人間臭いエピソードを紹介しているところだと思います。
たとえば、ホロヴィッツがアメリカで活躍したピアニストだというのは有名ですが、
実は彼が同性愛者で、人生で初めて愛することの出来た女性(指揮者トスカニーニの娘でもある)ワンダと結婚。
娘ソニアは非行に走り、バイク事故で植物状態に。
やがてホロヴィッツも精神を病んで、演奏中に舞台で放心状態になったり失禁までするようになった。
という、やや衝撃的な話。
また、身長192センチもあった大男、ラフマニノフの手が大きかったのは、結合組織が冒される遺伝病の「マルファン症候群」だっただめで、
彼が陰気で不機嫌なイメージを持たれているのは、この病気による苦痛が原因だった。
という話。
バッハにおいては、一般的なイメージでも「子だくさん」止まりですが、
大胆にも「バッハ族大酋長の生殖エネルギー」と称し、
「神を賛美するバッハのおびただしい作品は、実は信仰深い彼が女性と行為に及ぶ毎に『神よ、罪深き我を許したまえ』と叫んで作りまくった成果である。」
といった笑い話を紹介するほどの闊達さ。(/ω\)きゃー。
◆印の女性ピアニスト3名。
私、1人も知りませんでした。
日本で最初の女性ピアニスト、幸田延(こうだ のぶ)は、なんと、小説家 幸田露伴の妹。
明治時代にボストン、ウィーンに留学して研鑽を積み、身に付けたことを故国に伝えたいと帰国するも、日本はまだまだ男尊女卑の時代。
結局、誹謗中傷を受けて傷つき、せっかく学んだ多くのことを生かせずに終わってしまったというのも、島国日本が閉鎖的だったからではないかと考えると、実にもったいなく残念でなりません。
この時代に音楽界で頑張った日本人女性の苦労は、並大抵のものではなかったようです。
久野久(くの ひさ)のエピソードは、さらに胸の痛むものでした。
幼い頃のケガが原因で足に障害を持った久。
早くに両親を亡くし、足にハンディを持って生きていくのは大変だろうと、兄の助言で15歳で音楽学校に入った彼女。
猛特訓を重ね、やがてたびたび演奏会を行うようになった久。
足の不自由な彼女が、当時着物姿で一心不乱にピアノを演奏するうちに、次第に汗が滲み、結い上げた髪が乱れ、やがて着物が乱れて帯が緩む・・・。
そんな彼女の姿見たさに、演奏会に足を運んだ帝大の学生も多かったとのこと。
チラリズムのエロティシズムとでも言うんでしょうかね?
そういう視点でピアノを聴きに来た人が多かったとは。
…なんというか、勉強になりました(^_^;)
図らずして男子学生達を興奮させていた久。
彼女のピアノ演奏は、とにかく激しかったそうで、基本はほとんど出来ておらず、ただただ強く鍵盤を叩きつける演奏スタイルで、指先からよく出血していたそうです。
海外の留学経験もなく、ただ島国日本でもてはやされ、根拠のない自信をつけた久は、やがて世界進出を目標にベルリン、ウィーンに留学します。
けれど、世界のピアノのレベルの高さを目の当たりにし、未熟すぎる自分のピアノに深く失望した久は、なんと投身自殺をしてしまうのです。
享年38歳でした。
オーストラリア出身の女性ピアニスト、アイリーン・ジョイスの人生も波瀾万丈。
タスマニアの大自然で育った、文字通り野生児のアイリーンには兄弟も近所に住む人もなく、唯一の友達と言えば、拾ってきたカンガルーの子供。
そんな彼女が6歳の時、近くの山で知り合った男の吹くハーモニカに出会い、初めて音楽に触れる。
男から「ピアノ」という素晴らしい楽器の話を聞いた彼女は、見たこともない「ピアノ」に憧れ続け、父の仕事で引っ越した先の尼僧院で、吸い寄せられるように、尼僧の弾くピアノと出会う。
尼僧たちからピアノを教わるうちに、その並はずれた才能を発揮したアイリーンは、あれよあれよといううちにプロのピアニストへ。
美しいレディに成長した彼女は、その美貌で人々を魅了し、やがては銀幕を飾る映画スターに!
「ハイジ」や「赤毛のアン」みたいに、かつての「カルピス劇場」なんかでアニメ化したら、大ヒットするのではないかと思うようなストーリーです。
が、彼女のサクセスストーリーには、さらにその先が…。
美しい人と言うのは、ときにその美しさゆえに運命を狂わせることがあるようです。
私、時々思う時があります。
「美少年」「天使」といった言葉で、よく形容されている牛田くん。
もちろん、美しいに越したことはないでしょう。
けれど時々、自身の見た目の美しさや可愛らしさを、邪魔に感じることもあるのではないかと。
最大の武器とも言える整った見た目や若さを取っ払って、
ただ純粋に、1人の演奏家としての自分の演奏を見て欲しい。聴いて欲しいと、もどかしく思うこともあるのではないかと・・・。
そして、私は知りませんでしたが、音楽に詳しい方ならみなさんご存知なのでしょうか。
24歳で本格的にピアノを始めたにも関わらず、プロのピアニストになり、やがてポーランドの首相になったというパデレフスキー。
彼は、人々を惹き付けるなんともいえない求心力とハンサムな外見で聴衆を魅了し、
彼の演奏を聴きに来た女性は、まるでリストの時のように集団ヒステリーを起こしたのだとか。
それにしても、この名前、どこかで聞いたことあるわ、と思ったら、
ほら、私も持ってましたよ!クリアファイルだけど…。
「ショパン全集」のパデレフスキー版。この方が出したものだったんですね!
そして、「月刊ショパン」でも、「闘うピアニスト 新訳 パデレフスキ自伝」が連載されてました。
(///∇//)スルーしてた…
最後のミケランジェリ。
牛田ファンなら、この名前に覚えがあるのでは?
そう。「トロイメライ」を収録した軽井沢の大賀ホール。
ここにあるのがミケランジェリがヨーロッパから日本に持ってきたスタンウェイ。
本書には彼が日本に持ち込んだ、このスタンウェイについても書いてありました。
ミケランジェリのピアノを演奏する牛田くん
この、ミケランジェリのピアノを紹介しているのが「月刊ショパン」2014年7月号。
その表紙の写真がこれ。
…で、5ページ目の写真がこれ。
…。 ( ̄□ ̄;)
この2枚の写真、
同じ日に、同じ場所で、同じ人物を写したはずなのですが、
一体どうやったら、ここまで別人になるのでしょうか?!
何をどうやったら、爽やかな新緑をバックに微笑むリスさん似の14歳の少年が、
ドサ回りしてる、24歳の遅咲き新人演歌歌手になってしまうのでしょうかっ?!
( TДT)
あ、話それちゃいました…(^_^;)
ミケランジェリ、キャンセル魔としても有名で、ハンサムで女性にモテモテだったそうです。
ならば当然、お顔を拝見するっきゃない!( ̄∀ ̄)
な、なるほど!確かにハンサム。
ん・・・?
( ゚ ▽ ゚ ;)!
白とっくりの師匠でもあらせられたのか!
さて、この本。
このほかにも、破天荒な天才ピアニストの話や、リストやラフマニノフが乗り移ったと言ってレコードまで出してしまった霊媒師の話。
日本におけるクラシック音楽の変動。
チャイコフスキー・コンクールにまつわる話…。
世界を股にかけた大ピアニストでもあり、博学のぴろ子先生。
数えきれないくらいのいろんなエピソードを紹介してくれています。
この方の文才、思っていた以上に素晴らしいです。
書くことのプロではないはずなのに、どうしてこうも分かりやすく、ユーモアに満ち、人を惹き付ける文章が書けるのでしょう。
そういえば、ぴろ子先生の夫は、作家の庄司薫氏なのですよね。
やはり優れた演奏家というのは、楽器の代わりに筆を握っても優れた表現力を発揮するものなのでしょうか。
読書家の牛田くんは、一体どんな文章を書くのかな。
いつか本を執筆してくれないかな。
「作家:牛田智大」
・・・に、似合う!(≧▽≦)
あ、また脱線しちゃった(///∇//)
話をぴろ子先生に戻します(//・_・//)
面白いところを抜粋していたら、この本をまるごと1冊書き写すことになってしまいそうなこの本。
家事もスマホをいじるのも後回しにして、貪るように読書に没頭したのは一体いつ以来だろう…。
最後の章に、とても印象深い文章がありましたので、一部紹介させていただきます。
「人生という限られた時間のなかで、ピアニストたちは僅か一分ほどの曲を美しく演奏するために何百時間という時間をかける。
いや、その『一分』のために、幼い時から厖大な時間を費やしあるいは蓄積してきたといってもいい。
事実それだけの献身を喜びに替えるだけの魅力を音楽は持っている。
しかしピアニストたちは、その喜びのためだけにこの厖大なエネルギーと時間をさいているのではない。
ピアニストたちにとっての生命のための水のように必要なものは、聴衆である。」
そして、有名な演奏家達が遠征先でどうにもならないことに遭遇した数々のエピソード。
演奏中にピアノの足が折れた。
犬、ネコ、ハト、ときにはコブラなどによる、演奏中の嬉しくない歓迎。
中には会場に行ったらピアノがなく、ピアノの代わりにアコーディオンを演奏したという話も(幸いこのケースはチェリストのリサイタルで、必要不可欠のピアノ伴奏者がやむを得ずアコーディオンを演奏したところ、これが大好評だったとか)。
私、これを読んで、高知のリサイタルで演奏中に弦が切れた牛田くんのことを思い浮かべました。
あのときは、それがどの程度大変なことなのかもよく分からず、
当ブログで「いい経験になったと思う」と書いたものの、
あとになって、その時の牛田くんの気持ちや動揺を考えると胸が痛んで仕方なく、
自分の無責任な言葉を悔やんだり、専門知識のない自分が歯がゆくて情けなくて、
なんともいえないもどかしさを経験しました。
(ファン友さんのメッセージにどれだけ救われたか!)
しかし、ぴろ子先生の本には、頼もしくもこのように綴られていました。
「しかし、そんなことでピアニストはくじけるものではないのである。」
(中略)
「社会がどう変わろうと、誰がなんと言おうと、
私たちピアニストという蛮族はラクダのように悠々と進んでいく。
人生という貴重な限られた時間のなかで、
ときに時代錯誤と見えるほど莫大な時間を浪費していると思われようとも、
私たちは今日も一日中ピアノを弾いてしまうのだ。
あくまでも蛮族らしく信じ難いほどの真面目さで、
そして限りなく豊饒な太古からの人間の魂の最奥の夢でも育んでいるかのように。」
ピアニスト、ばんざーい!!
\(^_^)/
読み終わって、なんとも晴れやかな気分!
1年の終わりに、素晴らしい本に出会えたことに大感謝です!
すみません…。
実はこの記事を書き始めたのは半月以上前のこと。
本を読み終わるまでは速かったのに、筆の遅い私、ちびちびと気が向いたときに書き溜めていましたら、またしてもこんな長文に…。
最後までお付き合いくださった皆さま、ありがとうございました。
m(_ _ )m












