日本馬匹輸送自動車株式会社
ウオッカ号




・シャシ(車体)

いすゞ ギガ

・フロント

いすゞ 初代ガーラ

・架装

東京特殊車体(株)

・年式(運用開始)

2010年

・登録番号(車両ナンバー)

土浦100

か 92-37

・車の特徴

元赤文字車です。


ウオッカ(2004〜2019)

栗東 角居勝彦厩舎  牝馬 鹿毛 

父 タニノギムレット 母 タニノシスター

(母父 ルション)


・主な勝ち鞍

阪神JF(2006)

チューリップ賞(2007)

東京優駿(2007)

天皇賞・秋(2008)

ヴィクトリアマイル(2009)

ジャパンカップ(2009)

安田記念(2008.09)


父はNHKマイルカップに挑み、その後日本優駿を勝ち取ったタニノギムレット、その「ギムレット」よりアルコール度数が高く「タニノギムレットよりも強くなってほしい」という願いを付け加え産まれたのがウオッカである。


新馬戦を2番人気で勝利しデビューを果たし、次戦は2着であったが阪神JFを勝ちきった。

翌年は64年振りに牝馬として史上3頭目になる東京優駿を制覇した馬になった。その勢いで凱旋門賞の挑戦を目標とし、宝塚記念に一番人気で出走したが8着と大敗、更に調整中の際に右後脚に蹄球炎を発症し調整に遅れが生じ凱旋門賞の予定は中止となってしまった。その後の秋華賞はダイワスカーレットに敗れ3着、エリザベス女王杯は出走取り消し、ジャパンC4着であったが有馬記念が11着と大敗の結果であり中々勝利に届かなかった。


しかし安田記念にて一年振りの勝利を勝ち取り、その年の天皇賞(秋)にて宿敵ダイワスカーレット、前年のダービー馬であるディープスカイとの三つ巴のレースの中、ゴール後は13分に及ぶ写真判定の結果ウオッカが勝利をもぎ取った。次走のジャパンCでは3着であり、年明けは海外遠征となったが成績が伸びず帰国後はヴィクトリアマイルに出走。このレースでは7馬身差という圧倒的なレース展開となっていた。毎日王冠では3着であったが一番人気となった次戦のジャパンCではオウケンブルースリとの一騎討ちとなり、7分の写真判定の結果勝利を勝ち取り見事リベンジを果たした。

その後は有馬記念の出走が鼻出血で不可になり、引退レースはドバイワールドカップの予定であったが鼻出血を再発し、2010年に引退した。


牝馬のダービー制覇、数々のG1勝利から2008年と2009年の年度代表馬に選ばれる事となり、更に2011年には顕彰馬に選出される事になった。


引退後はアイルランドに渡って繁殖牝馬として活躍していたが2019年に蹄葉炎を発祥し、現地で安楽死の処置が執られ、父より先の15才という早すぎる歳でこの世を去った。