先日梅まつりに行ってきました。

そんなに梅は好きではありません・・・でした。

桜ほど華やかでもないし、梅見の時期は寒いし・・・私は花より、身の方が好きです!
きっぱり言っちゃう。

でも、今年なにかで「ロウバイ」の写真を見て心惹かれました。
ロウバイ?老梅??
いえいえ、ロウバイは蝋梅と書きます。しかも、梅ではありません。
ロウバイ科 ロウバイ属 です。
ちなみに梅は バラ科 サクラ属 です。似て非なるもの梅でないないのです。

中国から来た梅なので唐梅とも呼ばれているそうです。

蝋梅の魅力は、梅っぽいというとこではもちろんなく。
蝋っぽいところです。
名前の由来な「蝋細工のような梅の花。」
花弁が半透明なんです。(満月蝋梅@羽根木公園)



透き通った梅が、儚くて、きれいだな~と思って、
今年は、ぜひ蝋梅が見たくて梅まつりに行きました。

よく見ると普通の民家の家でも咲いていたりします。
黄色い梅、可愛いです。


もう、すっかり、ドキドキもしない。
次のドキドキはきっと不整脈の疑い、そんなお年頃です。

世の中には訳の分からないブームがあります。
その一つが「友チョコ」です。めんどくさい
今年は、18個制作しました。
親も手伝わないと間に合いません。
チョコもこんなお菓子がいい、あんなのがいいと、試作、試食とかしちゃっています。

ちなみに、これは試作段階でボツになった、バラのアップルパイ。
理由は子供がアップルパイが嫌いだから。あ~理不尽!!



ひたすらチョコ刻みながら、思ったんですよね。

この子が大人になることも「友チョコ」ブームが続き、この子も娘のために四苦八苦しながら
チョコを作るだろう。その時、私に感謝するだろうな。


ぶっぶ~~これ、ダメな思考です
こういうのを簡単に言うと「毒母」と言います。

自分と同じ苦労を子供も味わうことを望んでいる様です。
これは、子供がパッピーになると足を引っ張りたくなる人間の思考です!
(私なんだけどね)

じゃあ、そんな気持ちを自分から手放す?消す?なくす?
いえいえ、自分の心を潰してまで、子供に尽くす必要ないですから~。

あ~毒母的思考が出たなと「自分で」認識しておけばいい、ただそれだけです。
自分で名前を付けておけば、自分のコントロール下における訳で、
肥大させたいときはすればいいし、捨てたいときは捨てればいい。
今は、ここに置いておく。

ビンカン回収は土曜日って分かっているのに、木曜日にごみ取集所に持っていく人はいない。
そういう感じでしょうか?

そんなわけで昨日は私が自分で、毒母肥大させ、親子喧嘩ですわ!
「来年は一切手伝わない。」」宣言と叫びましたわ。
は~は~は~
Happy Valentine's Day!

2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう! ブログネタ:2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう! 参加中

なんというか、ブログを書くのが止まっていました。詰まってしまった感じです。
頭の中をモヤモヤとしますが、吐き出せない感じ。

ニュースとかでも、総理があぶない言葉を言っている。
日本人は戦争放棄の立場をずっと貫いているし、
だからこそ、宣戦布告する方法を持ちあわせていないから、
総理とかおかしなことを言っても馬鹿だな~くらいで。
選挙でバンバン与党が変わるから、あんまり気にしていないけど、
そんな日本は実は少数派で。
他国からみれば、何を考えているか分からない不思議の国ジパングな訳で。

でも、翻訳って当たり前だから、いろんな国に発信される。訳す人はだれだ?
その人の国の文化はどうなっている?日本人のこの感覚は伝わるかな?

そんなことを考えていると。
なにを書いていいのか分からなくなって。
それでも、可愛くってハッピーな日常はブログにあふれていて、不思議の国ジパング。

私も不思議の国の住人で、いろんなことが複雑に日常をつくっているので、
そろそろブログを書いてみようかと。
リハビリです。




2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう!
2月6日はブログの日♪今日はブログを書こう!
そういう発表会があるのを知ったのは左團次さんのブログで拝見したから。
http://ameblo.jp/sadanji-ichikawa/entry-11979548009.html

多分、別なルートで知ったら行ってなかったと思います。
お堅い感じの題名だし、そもそも専門家のための物って感じしません?
学会発表に素人が参加できない感じ、そんな名前だったから、行けないと思ってました。
しかし、左團次さんのブログを読むと、素人が行っても大丈夫そう?
よっしゃ―行こうと行ってきました。


後半の大喜利にも松緑せんせー出るらしいので、正直に言えばそれ目当てで行きました。

結果は行ってよかった~~。
発表会なんて題名が悪い!立派な歌舞伎でした。

時間が80分で幕間もないし、ダイジェスト版みたいな流れで、
私の好きな場面甲屋奥座敷の場で逢州さんと皐月さんが着物を交換して、
逢州さんの着物を皐月さんが恐れ多くで着れない「着れません。」とか言うシーンが
バッサリカットだったことがちょっと残念だったけど(私は好きなシーンなんだけど)
良い舞台でした。
あー、と思う部分もある、キメの時に首をグイグイって動かしたりするんだけど、
ピタッと止まらない、慣性の法則せいなのか、ちょっとグラっとするとか、
でも、ほんと、少し、ほんの少しだけのはなし。

もしかしたら、もうちょっと動きを小さくすれば揺れないのかもしれないけれど、
これは、1回公演。いけ~~、やれ~~~って応援したくなる、かっこいいよ。
たった1回の舞台にかける男たちがもうかっこいいよ。
声をかける人も音羽屋~とか言わない。音蔵、音之助~って声かけるし、
「そう!あなたのその芝居がいい!!」って直に言いたくなる感じは・・・・・・
うんうん、私も叫びたかった。
豪快に花道を引っ込んでいく五郎蔵は、迫力満点だったし、
土右衛門は立ち姿がいい、絵になる。
こんなに面白い舞台だったとは思わなかったから、すごいうれしかった。
お客さんが歌舞伎手帳を熱心に読みながら舞台を見てるし、素敵!!

後半の大喜利もいい。

指導の先生方の挨拶がいい。
菊五郎さんは自分がやるときより緊張したと、笑顔でお話してるし
左團次さんが、みんなは普段は一言だけど、こんな素敵な舞台が出来る。
みたいなお話されてて、感動したし、
松緑せんせーが音蔵さんが五郎蔵やるときは
僕が土右衛門やりますよ。なんて言ってて、感動しちゃったよ。
歌舞伎の層の厚さを感じました。

役者も、声かける人も、指導も、お客も、もうみんないい!!!
毎年行こうと決めました。



先週船橋北口図書館で行われたJASHの講演
「縁起でも無くない! みんなでちゃんと考えたい『死ぬ』ということ」に行ってきました。

現役ICU看護師の話が聞きたかったんです。
講師はJASH代表のマッキーさん、普段は下ネタ豊富の彼ですが、今回はキリリとした
看護師でした。
講義の内容なワーク中心の各々の死生観を聞きながら自分の中に気付きを得る形式でした。
勉強になりました。その中でも現役ICU看護師の現場の話も響きました。
その一つが蘇生治療とDNRです。

蘇生治療として上がられるのが心肺蘇生法です。
この話は私の記憶にある中で2回聞いた事があります。

中高生の時代と、自動車運転免許取得時。
どちらかでは人形を使っての演習もした記憶もあります。
その時の状況は私は助ける側、相手(人形)は助けられるべき人、訓練では必ず助かります。
絶対的正義が確実に存在する場面での演習でした。

今回聞いた3回目

ここには絶対的正義が果たしてあるのか?今回私の立場は蘇生を受ける側、
訓練では20回も心臓マッサージすれば目を開けてくれる人形ではない。
私は果たして助かるのだろうかと言う立場。

心肺蘇生は胸骨が折れてしまうこともあるそうです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1443624064
それでも、骨折は心臓が動けば治ります、まずは心臓マッサージ。

人は、亡くなると代謝が止まって、骨折は治りません。
私は亡くなる立場は別にどうでもいいんです。それ程の執着はない。
ただ、意識がない私の代わりに子供が「心肺蘇生してくれ」って、言って
私の胸骨が折れる音を聞き、冷たくなった私に「痛かったね。ごめんね」って
私に言うのかなと思うと、子供が可愛そうでね。
そんな負担を背負わなくてもいいよと、言ってやりたい。
負担と言えば、費用だって、ばかにならないだろうし。
その一方で今の私だったらどんなことしても生きていたい。という気持ちもあって。
なかなか難しい話です。

DNRとは蘇生処置拒否指示と言われているもので
こういうものらしい(リンクです)

DNRを希望するとかしないとか、自分の死に対して自分がどうしてほしいことを
望んでいるのか、家族と話をしておくことは大切だなと思いました。
それは人生で1度言えばいいと言うものでもなく、人生の流れで緩やかに
変わっていくものと思いと、その時々で話していこうと思います。
今の私と、110歳の私はたぶん意見がちがうと思うから。

これは死後の話にも通じていくものと思います。意識がない、体が動かない、
肉体がない。そういう時に何を望むのか望まないのか。
目をそむけず考えたいと思いました。