今日は島田に同行してNEW「CINEMA塾」に行ってきました。
http://newcinemajuku.net/news/
2014年のテーマは極私(セルフ)の系譜 です。
今回は映画監督の川瀬直美さんの作品を観て監督のお話を聞く回でした。
面白かったです。いろいろ勉強になりました。
考えることができました。
上映された作品は
『につつまれて』(1992/40分)
『かたつもり』 (1994/40分)
『現しよ(往復書簡 河瀨直美×是枝裕和)』(1996/60分)
『きゃからばあ』(2001/50分)
『塵』(2012/45分)
の5作品、その後に監督とのお話でした。
原監督から島田がいただいていた他の川瀬監督作品の私のさりげなく何点か
拝見させていただきました。
何本も見ていくうちに、川瀬作品の目線が3歳くらいの子供の目線に似ているなと
思えてきました。作品に出てくる目線は空を見るときはフレームいっぱいに空を眺め
地面を眺め、壁を眺め、洗濯バサミ、手袋を眺めます。
それだけを一生懸命見ています。
人は真正面から眺め、しわくちゃのおばあちゃんもその皴一つ一つを
穴が開くほど眺めている感じです。
少年のようです。
「インナーチャイルドが具現化した感じ。」これがこの作品をみた私の
感想にしっくりくる言葉です。
もうひとつ私が気になったのは
『現しよ(往復書簡 河瀨直美×是枝裕和)』(1996/60分)です。
会場の意見と全く正反対になってしまいますが、私は是枝監督の映像の方が好きです。
相手にどう見えるかを考えるあまり自分と向き合うすべを忘れてしまう。
そうかもしれませんね。でも、是枝監督の映像が私は好きなんです。
まなざしがないかもしれないそんな空気に私は共感しました。
熱心に自撮り、プリクラ、生主。自分を表現する方法はたくさんあります。
同時に「きれいに見せる技術」も向上していきました。
デカ目プリ、ライトアップでかわいく魅せる。
その一方で、自分の内面をじっくり見る機会を失っているのかもしれません。
私は素人なので映像にこだわる必要がないので自由です。
瞑想が好きなら瞑想すればいい、内観してもいい。
ヒプノセラピーでインナーチャイルドを抱きしめてもいい。
文字が好きなら自分史を書けばいい、川柳に気持ちをのせればいい。
音が得意なら音楽に、映像が好きなら映像で。
セルフ作品を自分の為にじっくり作り続けることは、
自分のインナーチャイルド(内なる神)と対峙することなのかもしれません。
http://newcinemajuku.net/news/
2014年のテーマは極私(セルフ)の系譜 です。
今回は映画監督の川瀬直美さんの作品を観て監督のお話を聞く回でした。
面白かったです。いろいろ勉強になりました。
考えることができました。
上映された作品は
『につつまれて』(1992/40分)
『かたつもり』 (1994/40分)
『現しよ(往復書簡 河瀨直美×是枝裕和)』(1996/60分)
『きゃからばあ』(2001/50分)
『塵』(2012/45分)
の5作品、その後に監督とのお話でした。
原監督から島田がいただいていた他の川瀬監督作品の私のさりげなく何点か
拝見させていただきました。
何本も見ていくうちに、川瀬作品の目線が3歳くらいの子供の目線に似ているなと
思えてきました。作品に出てくる目線は空を見るときはフレームいっぱいに空を眺め
地面を眺め、壁を眺め、洗濯バサミ、手袋を眺めます。
それだけを一生懸命見ています。
人は真正面から眺め、しわくちゃのおばあちゃんもその皴一つ一つを
穴が開くほど眺めている感じです。
少年のようです。
「インナーチャイルドが具現化した感じ。」これがこの作品をみた私の
感想にしっくりくる言葉です。
もうひとつ私が気になったのは
『現しよ(往復書簡 河瀨直美×是枝裕和)』(1996/60分)です。
会場の意見と全く正反対になってしまいますが、私は是枝監督の映像の方が好きです。
相手にどう見えるかを考えるあまり自分と向き合うすべを忘れてしまう。
そうかもしれませんね。でも、是枝監督の映像が私は好きなんです。
まなざしがないかもしれないそんな空気に私は共感しました。
熱心に自撮り、プリクラ、生主。自分を表現する方法はたくさんあります。
同時に「きれいに見せる技術」も向上していきました。
デカ目プリ、ライトアップでかわいく魅せる。
その一方で、自分の内面をじっくり見る機会を失っているのかもしれません。
私は素人なので映像にこだわる必要がないので自由です。
瞑想が好きなら瞑想すればいい、内観してもいい。
ヒプノセラピーでインナーチャイルドを抱きしめてもいい。
文字が好きなら自分史を書けばいい、川柳に気持ちをのせればいい。
音が得意なら音楽に、映像が好きなら映像で。
セルフ作品を自分の為にじっくり作り続けることは、
自分のインナーチャイルド(内なる神)と対峙することなのかもしれません。