小学生高学年女子の心は恋の花盛りです。
修学旅行の夜なんて言えば「好きな男子告白ターイム」です。
いつの時代も変わりません
「大好きな彼のどんなところが好きなの?」と子供に聞いてみました。
サッカーがうまい、優しい、字がうまい、かっこいい。
子どもらしい理由が返ってきました。もうちょっと聞いてみると
恋愛の理由じゃない話がたくさん出てきました。
消しゴムを貸してくれた。
掃除を一生懸命やっていた。
発表会の練習を誰よりも頑張っていた。
それは、友達を好きになるのと同じ、
もっというなら「人を好き」になる理由と同じでした。
人生最初の恋、恋とも言えない恋の種。
さあ、親としてどう、伴走すればいいのか?
悩ましいところです。手放しで応援するわけにもいきません。
恋とデートと性のいろいろ、まだ何も分からない。
でも、140センチ前後の小さな体を性ホルモンが駆け巡っている、
この時期未熟な子供を野放しにはできません。
当然です。
親としての知識と子供に伝える知識、それが大切です。
でもね、真っ向から否定もしてはいけないような気がするんです。
だって、「人を好きになること」は悪い事ではないはずだから。
最初の恋で「異性を好きになると、親が嫌がる、変な顔をする。
なんとなく自分も嫌な感じ」そんな風に思わせたくない。
人を好きになることは素敵なことと教えてあげたい。
好きな人を大切に思い、相手からも自分を大切に思われる。
そして、自分も自分を大切に思う。
「それって気持ちいいよね。」
最初の「恋愛教育」ではないでしょうか?
恋=性のことってダメと遠ざけたい気持ちになるけど、
恋=性=婚活=早く孫の顔が見たい。
同一線上に存在する話だと思います。
父親と母親の関係が良ければ両親のような夫婦になりたいと
自然と子供は思うもの、昔からずっとそうだった。
そういう位置から見ると、子供の恋愛観にまで干渉したいと思う
私は「過保護」な母親なのかもしれません。
でも、まだ恋愛観なんて存在していない子供と一緒に
「人を好きになるとはどういう事か」を考えたいんです。
いろんなことを先延ばしにして
「早く孫の顔を見せて私を安心させて。」なんて無邪気に吐く
大人にはなりたくないんです。
そんなことを考えてしまったのはクルーで参加している
NPO法人JASHが一周年記念パーティーがあるからかもしれません。
修学旅行の夜なんて言えば「好きな男子告白ターイム」です。
いつの時代も変わりません

「大好きな彼のどんなところが好きなの?」と子供に聞いてみました。
サッカーがうまい、優しい、字がうまい、かっこいい。
子どもらしい理由が返ってきました。もうちょっと聞いてみると
恋愛の理由じゃない話がたくさん出てきました。
消しゴムを貸してくれた。
掃除を一生懸命やっていた。
発表会の練習を誰よりも頑張っていた。
それは、友達を好きになるのと同じ、
もっというなら「人を好き」になる理由と同じでした。
人生最初の恋、恋とも言えない恋の種。
さあ、親としてどう、伴走すればいいのか?
悩ましいところです。手放しで応援するわけにもいきません。
恋とデートと性のいろいろ、まだ何も分からない。
でも、140センチ前後の小さな体を性ホルモンが駆け巡っている、
この時期未熟な子供を野放しにはできません。
当然です。
親としての知識と子供に伝える知識、それが大切です。
でもね、真っ向から否定もしてはいけないような気がするんです。
だって、「人を好きになること」は悪い事ではないはずだから。
最初の恋で「異性を好きになると、親が嫌がる、変な顔をする。
なんとなく自分も嫌な感じ」そんな風に思わせたくない。
人を好きになることは素敵なことと教えてあげたい。
好きな人を大切に思い、相手からも自分を大切に思われる。
そして、自分も自分を大切に思う。
「それって気持ちいいよね。」
最初の「恋愛教育」ではないでしょうか?
恋=性のことってダメと遠ざけたい気持ちになるけど、
恋=性=婚活=早く孫の顔が見たい。
同一線上に存在する話だと思います。
父親と母親の関係が良ければ両親のような夫婦になりたいと
自然と子供は思うもの、昔からずっとそうだった。
そういう位置から見ると、子供の恋愛観にまで干渉したいと思う
私は「過保護」な母親なのかもしれません。
でも、まだ恋愛観なんて存在していない子供と一緒に
「人を好きになるとはどういう事か」を考えたいんです。
いろんなことを先延ばしにして
「早く孫の顔を見せて私を安心させて。」なんて無邪気に吐く
大人にはなりたくないんです。
そんなことを考えてしまったのはクルーで参加している
NPO法人JASHが一周年記念パーティーがあるからかもしれません。
