昨日のお休みは、いろんな女性とお話しする日でした。


中学生のころの同級生と10年ぶりの再会。


理由は家の近所の惣菜カフェに行きたいから連れていけという用事。


そんな理由で、さくっと10年ぶりにあってもその間を感じないのは


子供のころのお友達だからでしょうか?


夜は女子ばかり4人で飲み会。


新しいお友達もできて楽しいです。



その女子たちがぽろっというのが母親との関係性、


ある女子は自分の悩みをいまいち母親に相談できない。と言い、

ある女子は、なんでも話すせるようにやっと最近なってきたと言い、

ある女子は今まさにバトル中と言う。


でもその母親との関係性は決してトークの主役になることはないのです。


ちょうど、会話、コミュニケーションという海の中にイルカがポコンと顔を出している感じ。


ポコンと顔を出すとみんなが一斉に注目にみんなが自分の言葉で語るのだけど


イルカが海に消えるとそれを追いかけることはしない。


なんでだろう、こんなに気になるのは?


お休み前の22日に生まれ順の取材があったからかもしれない。


その取材は子育てと生まれ順。


母が子供との関係性を考えるのがテーマの取材。


母と子の関係はすごく重要なのにあまりトークの主役にならないものなのは


なぜだろう?


恥ずかしさや(たとえばセクシャルなもの)畏いもの(たとえば信仰的なもの)でもないのに、


なんだか触れてはいけないような感じがしてしまう。


この関係性と向き合うのは重要なテーマです。


ある女性は母親が好きではないので、自分も子供を産む気(母になる気)がしないという。


毒親ほど極端にならないと表面化しないのはなぜ?





もっともっと些細なことからなんでもかんでも、


個人間の会話に母子の問題が自然に上るようになると


もっと家族の関係は変わるかもしれない。


そんなことを考えています。