これで最後です。
今まで海老蔵さん娘ちゃん誕生からさかのぼる成田屋の家系 ~ 姉のいる末っ子男子の歌舞伎~
兄のいる末っ子男子の歌舞伎~と続いて今回に続きます。
前々回の記事 で兄は立役、弟は女形とお話ししました、しかしこのとき例を挙げた3つの兄弟パターンのうち
2つは父親が女形です。
兄 四代目 中村梅玉さんと 弟 二代目 中村魁春さん と
兄、八代目 大谷友右衛門さんと 弟 七代目 中村芝雀さん
梅玉、魁春兄弟から見ていきましょう。
父親は六代目 中村 歌右衛門、女形です。
この兄弟は二人とも、この中村歌右衛門さんの養子に入ります。
お兄ちゃんである梅玉さんの初舞台が10歳、一般的な子供の初舞台は2~6歳です。
それと比べるとだいぶ遅いことから考えると、養子に入った時期は遅かったのはないかと思われます。
もっと小さいころは実両親のもとにいたのでしょう。
そのため師匠で父親である歌右衛門さんも兄をぜひ跡継ぎに決めずに
この兄弟の素質を忠実に見た得うて合う役を与えてたと思われます。
生まれ順と歌舞伎の要素が出やすい師弟関係であったと思います。
次に 友右衛門、芝雀兄弟、父親は四代目 中村 雀右衛門、女形です。
このご家族は年譜を追ってみるとひも解いていきましょう。
父、雀右衛門さんの歴史です。
1920年 8月20日生まれ
1927年 初舞台
1940年 出征 赴任先の戦地にて 父の死を聞く
父は、巡業先で劇場の下敷きになり圧死。
1946年 復員 舞台復帰
1948年 大谷友右衛門襲名
第一子 友右衛門誕生 1949.2..23
1950年 映画界に転身
1955年 映画界(事実上の)引退 舞台に再復帰
末っ子 芝雀誕生 1955.11..20
1964年 中村雀右衛門襲名
ここにお子さんたちの誕生を入れてみます。
友右衛門さん 1949.2..23 芝雀さん 1955.11..20
すなわち、お子さんが生まれたその時父は、歌舞伎の世界と距離を置き始めた時期、
または復帰したばかりの時期です。
跡継ぎの育成に集中できる時期ではなかったと見れます。
そのためけいこを始めたとき、梅玉、魁春兄弟時のように、その子供の素質に合わせて
役を与えるとこができたと思います。
生まれ順を記事にするときはあまり感情的に、情緒的に書きたくないと私は思っています。
生まれ順を信じていれば幸せになる!とかそういう方向にいきたくないので、
すごく気を付けて淡々と書いています。
ロジカルに学んでいけば自分が整っていくことを目指しています。
だから歌舞伎の記事も極力感情を排除して淡々と書きました。
でも、四代目 中村 雀右衛門さんのお話は感情的になってしまいます。
戦争に行ったときに自分のお父さんが巡業中に亡くなってしまうなんて、歌舞伎役者じゃなかったら
死ななかったかもと思わなかったのでしょうか?
いったん映画界に行ったのに、再度復帰して、雀右衛門家の位牌養子にはいる、そして襲名。
自分の子供たちに歌舞伎の芸を継承するときにどんな思いがあったのでしょうか。
深すぎてもう分かりません。
ご興味がある方はお調べください。。
背筋がピンとする、ふかいお話です。
これで歌舞伎の世界と生まれ順シリーズ終了です。
歌舞伎はまったくの素人のわたくしですので、分かりにくい表現や、ヘンな部分もあるかと思います。
お許しください。
今回の記事を書くのにNETみたり、先生の書棚にしまってある歌舞伎辞典を覗いてみたりして
いろいろ歌舞伎の勉強ができました。
面白かったし、その深さもほんのちょっぴりわかりました。
長いシリーズでしたが読んでくださったみなさまありがとうございました。