こんにちは、みみ子です。


生まれ順の仕事でご縁のできた福島出身の方にメールをしたら、
ご実家は無事で、今は被災者の受け入れをしてらっしゃるとの
お返事をいただきました。頭の下がる思いです。


私もできることから頑張ろうと思います。
先日あるHPを見ていたら、被災地に物資を送る運動の協力者に
知人の名前を見つけました。ご本人に直接聞いて、必要な物資を
送る手段を教えてもらいました。

必要なものを聞き必要なものを今日送れそうです。



今不足している、物資は女性用のナプキン、マスクなどです。
それらはもちろん東京でも、ないものです。


そこで近所のお友達にメールしようと思いました。
しかし、ここで躊躇したんです、私がです。

「物をください」って言うのが恥ずかしかった。この機に及んで。
その自分の感情に驚きました。


でも、これは「末っ子修行よ~って」むりやり笑って、お友達に連絡ました。
返信は想像通り、「私も持ってません。」
そうなんです、東京は流通がしっかりしすぎてて買い置きしないんです。
だから、わたしも持ってなかったんです。
「ない。」って答えにも裏を読まない、気にしない。これも末っ子修行よ~。


さあ、買い物に行きます。薬局ツアーです。幸いにもすぐにナプキン3パックを
買うことができて、よかったです。


自分の要らないものは、人も要らない。

どこか忘れてしまったけどれそんな言葉を見つけました。


物資を送る際には肝に銘じます。



阪神大震災で被災された経験を持つ西宮市会議員西宮岳司さんのブログ
も読んでみてください。
あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。
それでもなにかできることを。~昨日の続編
・ 被災地の知らない人たちからもメールが届くようになりました。


物をもらうことに躊躇してしまうプライドの高い第一子な私、被災地の方も気になります。


支援を受けるたびに自分を責めてはいないだろうか、みじめになってはいないだろうか

そんなことを思います。


前の日記ではけちょんけちょんに否定した「素晴らしき哉人生」


被災地の方には、この映画を思い出してもらいたいです。


最後のシーンだけでいいんです。


町中の善意のお金があつまってくるとき、彼は、隣にいた妻の肩を抱いて笑っています。


あの映画のシーンを見て「主人公が町民に甘えている。」と評価する人はいません。


今は、どうぞ、隣の人の肩を抱いてこの支援を見守っていてください。


映画では、あれが最後のシーンですが、


今の日本ではあれが、最初のシーンです。


さあ、がんばろう