先日の爽やかな秋晴れの日曜日、初めて息子と親子3人でお散歩にでかけました♪
オムツと着替え、授乳ケープに携帯用のお尻拭きをベビーカーに詰め込んでいざ出発だぁ!
家の周りの風景はいつも車などで通って見慣れているけど、
もしかして12年この地に住んでいて自分の足で歩くのは初めてかも。
もしかして12年この地に住んでいて自分の足で歩くのは初めてかも。
違った発見などがあり、新鮮な風景に見えますね。
息子にもボクらにも初めてのお散歩です♪
はい、「青山水道遊園」に到着したよ~

って、ズコーーーーーーーッ! 寝てるし~~~!
初めてのお散歩は息子爆睡!
出発する前にはベビーカーを嫌がったら抱っこして歩く覚悟もしていたのですが、
この揺れがとっても心地いいみたい。
この揺れがとっても心地いいみたい。
最初緊張しているように見えましたが、リラックスしてくれているみたいで泣くよりいいか。
太陽の日差しもまるで神様を崇めるかのように両手を広げ、前にかざしていますよ。
この噴水の音や風の声なども聞こえているのかなぁ?

園内をちょこっとフラフラしましたが、まったく起きず。
さらに日影に入ると相方が蚊に刺されはじめました。
いつも相方に一緒にいると相方の方ばっかり刺されるんですよ。
相方の血は美味しいのかねぇ~?
相方の血は美味しいのかねぇ~?
なんてノンキなことを言っている場合じゃなく「こりゃ息子が刺されたらヤバい!」ってことで、
退散することにしました。
退散することにしました。
息子も相方も同じA型ですからねぇ。
で、公園を早々に立ち去って次に向ったのは、この地に引っ越してきてからずっと気になっていた場所へ。

数多く建ち並ぶ鳥居が目をひく「青山御幣稲荷神社」(あおやまごへいじんじゃ)です。
ここはJR越後線の「青山駅」から閑静な住宅街の坂道を南に下るとありますが、
創建は1661年言われ、(一説には1193年とも言われ)かつては砂丘の上にあり、
1964年の新潟地震の際に砂丘が整地されこの場所に移ったそうです。
創建は1661年言われ、(一説には1193年とも言われ)かつては砂丘の上にあり、
1964年の新潟地震の際に砂丘が整地されこの場所に移ったそうです。
いずれにせよ古くからある神社のようですね。
最初の石の鳥居をくぐると100m弱に渡って赤い鳥居が120ほど並びます。
昔は360あまりの鳥居が連なっていたとか・・・
これでもスゴい迫力ですよねぇ~

もちろん名前の通り「お稲荷さん」なので、ボクらを迎えてくれたのは狛犬ならぬ狛狐です。
左の狐は巻物をくわえていて、この右の狐は玉をくわえてました。
ここのご祭神は宇迦能御魂神(うがのみたまのかみ)となっていますが、
新潟の昔話、橘崑崙が江戸時代に著した「北越奇談」に登場するイタズラ好きの狐、
「青山の五平狐」の縁の神社として有名なんですよ。
新潟の昔話、橘崑崙が江戸時代に著した「北越奇談」に登場するイタズラ好きの狐、
「青山の五平狐」の縁の神社として有名なんですよ。

1193年源頼朝が富士の裾野付近を中心に壮大な追い込み猟「富士の巻狩り」を行った際、
その時追われた3匹の老狐が信濃川を下って現在の新潟市内に住み着いたといわれ、
その時追われた3匹の老狐が信濃川を下って現在の新潟市内に住み着いたといわれ、
それが「岡山の長四郎狐」「河渡のお三狐」、そして「青山の五平狐」なんだそうです。
通称「新潟の三狐」にはそれぞれのお話があり、「青山の五平狐」も各話に登場したりするのですが、
「新潟の砂山が続く青山に、人を化かす老ギツネがいた」と言い伝えられている
「青山の五平狐」は最も有名みたいです。
「新潟の砂山が続く青山に、人を化かす老ギツネがいた」と言い伝えられている
「青山の五平狐」は最も有名みたいです。
むか~し、むかし、青山の砂山に狐の五平が住んでいたそうな。
コックリコックリと狐だけに五平が草影で昼寝をしていると、
シャーーーーッ!と音が・・・
「おや、雨かなぁ?」そう五平が思うと、なんとそれはオシッコ!
赤錆村(現在の巻町)の庄屋さん、藤次右ェ門が立ち小便をしていたのでした。
怒った五平は謝る藤次右ェ門を睨みつけ、石地蔵を背負いオオバコの草をつかんで、
『ドロン!』と、赤ちゃんをおぶった女性に化けたのです。
そして五平は藤次右ェ門には見向きもせずスタスタと歩き一軒の家に入っていきました。
それを黙って追跡した藤次右ェ門は、その家から聞こえてくる声に大慌て、
女性「今、来たよ」
家の人「おお、ようきた、ようきた。子どもも大きくなって」
これは家の人がダマされちゃいけないと、藤次右ェ門は家に入り込み
藤次右ェ門「この女は狐ですぞ。 ダマされちゃなりませんぞ!
コラ!人をダマすなんてとんでもない狐だ。 さあ、シッポを出せ!」
と、その女性を縛り上げて家の人と一緒にいろりの煙をあてました。
女性「こん、こん、こん。 く、くるしい・・・」
するとその女性は動かなくなり死んでしまいました。
しかし、シッポなんか出てきません。
藤次右ェ門「あれれ? おかしいなぁ?」
家の人「こらぁ! うちの大事な娘をどうしてくれるんだぁ!」
当然娘を殺された家の人は怒り、藤次右ェ門をお役所へつき出しました。
そして、藤次右ェ門は裁きにあって打ち首になってしまったのです。
死んでしまったはずの藤次右ェ門が次に目を覚ますと、
お寺の鐘の音も聞こえてきて、蓮の華が咲くキレイな池にいました。
「ここが極楽浄土なのか・・・」
そう思って蓮の葉に乗ろうとした瞬間「バシャン!」と冷たい池の中に落ちてしまい、
藤次右ェ門はもがき苦しんでいました。
「ひぃ~冷てぇ! 助けてくれぇ~! 死んじまうよぉ。 あ、もう死んでたか!?」
なんて言っていると、なにやら周りから人の声が聞こえてきます。
「おーい。そんな所でなにしてんだ? あっはっは~♪」
「さてはおまえ、狐にだまされたな。ここは極楽じゃなくて、寺町の池だぞぅ。」
藤次右ェ門は死んでいなかったのですが、「青山の五平狐」にまんまとダマされ、
しばらく池の中で夢をみていたんだとさ。
・・・おしまい。
これが新潟の昔話として語り継がれている「青山の五平狐」なのですが、
もともと「北越奇談」という怪談をボクなりに怖くないようアレンジしました。
もともと「北越奇談」という怪談をボクなりに怖くないようアレンジしました。

鳥居を抜けると階段があり、相方と息子は下で待っていると言うのでボクだけお参りをしてきましたよ。
上にのぼるとなかなか雰囲気のある社殿があります。
賽銭箱が社殿の中のちょっと奥にあったので、持っている5円玉を投げ入れたんですよ。
そうしたら5円玉は弾かれて下にこぼれてしまいました。
そうしたら5円玉は弾かれて下にこぼれてしまいました。
ガビ~~~~~~ン!
ん~このままお参りしようかとも思ったのですが、なんだかご利益がないような気がしたので、再度チャレンジ。
今度は10円玉を見事投入です!
もちろん願ったのは家族の絆と健康ですよ♪ なによりも今願いはそれだけです。

階段はちょこっとしか登ってないですが、けっこういい眺めですねぇ♪
ボクはこれまで近所に住んでいながら一度も来ることがなかったのですが、
左右の板に「合格祈願」などの絵馬が多数掲げられていて、結構地元に人が参拝に訪れているんですね。
左右の板に「合格祈願」などの絵馬が多数掲げられていて、結構地元に人が参拝に訪れているんですね。
どうやら神殿に向って左側にある「御幣稲荷神社由緒略記」と書かれた大きな石碑を見ると、
「衣食住の守護神」ということだそうです。
「衣食住の守護神」ということだそうです。
家族の絆と健康とその3つさえそろえば充分ですよ。
・・・ん? あれれ!?
も、もしかして、これって「初宮参り」になってます?

10月に入ってから埼玉の両親を呼んでしっかりと地元の大きな神社で予定していたのに、
何も気にせず、神社にお参りしちゃったあぁ!
何も気にせず、神社にお参りしちゃったあぁ!
アッチャァ~~~~
でも、息子と相方はお参りしてないし、
初詣だってまずは地元の「産土神社」に参拝してから、大きな神社に行くっていうし、
初詣だってまずは地元の「産土神社」に参拝してから、大きな神社に行くっていうし、
ま、いいか!
「人間至るところ青山あり」
息子の第一歩はここ「青山」から始まりましたが、それにとらわれず大きく世界に羽ばたいていって欲しいです。
「青山御幣稲荷神社」 新潟県新潟市西区青山1丁目18−1 電話:025-266-1818