5人が事務所にいることは扉を開ける前に分かる。
外にまで漏れてくる明るい笑い声。
「あ、今日は5人がいる日だ」そう思いながら、少しうきうきして事務所の扉を開ける。
馬越が最初に5人と会ったのは何年前だっただろうか。
まだ幼い子どもにしか見えない女の子だった。
出身地も制服もバラバラなのに、幼馴染のように仲の良い5人。
「先輩!おはようございます!」の声がいつもピッタリそろうのが不思議で仕方なかった。
なぜか5人が揃うとすごく眩しく見えた。
アイドルの原石とはこういうものかと思った。
のちに5人は事務所の方針でアイドル部、女優部に二分されることになった。
日向さん、栗原さん、夏目さんの3人は、言葉にはしないまでも悔しかったと思う。
(女優部として馬越の後輩になれたことは不幸中の幸いだったはずだ。)
別々の活動を始めても、5人は自分に与えられた役割に一生懸命取り組み、いつも励ましあっていた。
鈴木さん白藤さんのアイドルデビューが決まった時、女優部の3人は自分のことのように喜んでいた。
それぞれをリスペクトし、お互い切磋琢磨するうらやましい関係だった。
そして今から1年前、5人は再び結集し、アイドルグループ「えのぐ」が誕生した。
えのぐ誕生後、岩本町芸能社は生まれ変わった。
それまで芸能事務所らしいことが何もできなかった岩本町芸能社も、えのぐの成長とともに少しずつ成長を始めた。
(今でもダメな部分は多い。みんなもそう思うだろう。少なくとも馬越はそう思う)
みんな楽しそうに仕事をするようになった。照明もLEDに変わった。馬越の悪事にも寛容になった。
みんながえのぐと共に邁進し、猛烈に走った1年だった。
そして、えのぐ一周年記念ライブを目前に、夏目さん、栗原さんが立て続けに休養に入った。
正直、馬越もショックだった。
えのぐみもちろんそうだろうが、事務所のみんなも暗い表情になっている。
5人で一周年を華々しく祝いたかった。
それは事務所のみんなの正直な思いだ。
これはもちろん休養に入った二人を責める意味ではない。
みんなえのぐのメンバーを大事に思っているし、5人の体調が最優先だ。
だからこその休養なのだ。
今日の栗原さん休養の発表を受けて、馬越は、後輩たちのために何ができるのだろうとずっと考えている。
答えはまだ出ていない。
ただ一つだけ決めているのは、馬越はえのぐのことが好きだし、えのぐを信じて、これからも応援を続けるということ。
思えば岩本町芸能社は失敗や逆境の連続だ。
それでもここまで粘り強く続けてきた雑草事務所だ。弱小、貧弱、雑魚事務所でもある。
今回のことで嫌になってしまったえのぐみもいるかもしれない。
応援したくなくなった人もいるかもしれない。
それでも、(これは馬越の勝手な願望だが)、みんなでこの逆境を乗り越えて、えのぐが世界一のバーチャルアイドルになるのを一緒に夢見てほしい。
これを一緒に乗り越えたことを、いつか誇りに思える時がくると馬越は思う。
えのぐはみんなで色を塗ってようやく完成する。
馬越はすでに筆をとった。
みんなはどうだ?
今度の日曜日、鈴木さん、白藤さん、日向さんは3人だけで舞台に立つ。
きっと怖いはずだ。
だからこそ、馬越はこれまで以上の大きな声で3人にエールを送る。
ここで支えてあげるのがえのぐみであり先輩である馬越の役割なのだ。
だからみんなにお願いがある。
7日のチケット余ってる人は馬越に譲ってほしい。