(前回までのあらすじ)
馬越は公園でいつもパンを食べている。
多くはコンビニかスーパーで購入したパンだ。
パン屋さんのパンには憧れがあるがパン屋さんに入るのは緊張するし、パン屋さんのパンは高い。
そして公園にはいつもハト。
ハトは馬越のパンを狙う不届きものだが、馬越との関係は比較的良好。
いつものようにハトの目の前でパンを食べている馬越のところに突然、一羽のカラスが舞い降りたのだ。
(つづき)
バサバサっと音を立ててハトたちと馬越の間に降り立ったカラス。
馬越とハトたちをジロリと睨みつける。
ハトたちは明らかに動揺している。
右往左往しながら次の行動を決めかねていた。
しかし馬越は動じない。
立ったままカラスを正面に見据え、手に持っていたパンを背中の後ろにゆっくりと隠した。
カラスの狙いは間違いなく馬越のパンだ。
ただ馬越がパンを背中に隠したために、パンがどこにあるか分からなくなっているはず。
しばらくすれば諦めて立ち去るだろう。
そう思っていた。
そこからいくら待ってもカラスは立ち去ろうとしない。
じっと馬越の方を見ている。こしゃくなカラスめ。
ここで馬越は重大な事実に気が付いた。
公園の時計を見るとバイトのお昼休憩が残り5分となっていたのだ。
早くパンを食べて戻らないとバイト先の人たちが心配してしまう。
しかし、ここで馬越がパンを食べるには背中の後ろにあるパンを顔の前に持ってくる必要がある。
カラスにパンの存在を知られてしまう。
そうなるとカラスは何を仕掛けてくるか分からない。
馬越はここで一度ゆっくりと座り、バッと立ち上がってみた。
ハトには効果的なあの一撃だ。
予想はしていた。
カラスにはこれが全く通用しなかったのだ。
依然、カラスはじっと馬越を見ている。
馬越は額にじっとりと汗をかき始めていた。
ハトたちはそろりそろりと馬越とカラスから距離をとって離れて行く始末。
馬越を助ける気はなさらさらないという様子だ。
時間がない。
公園の時計を見つめる馬越。
額から出た汗が馬越のほほを通り、それが馬越のアゴから地面に落ちたその瞬間。馬越は閃いた。死回生の一手を!
馬越はパンを後ろに隠したまま、ゆっくりを体を反転させ、カラスに背を向けることでパンを顔の前に持ってくることに成功したのだ!!
これならパンを見られないように、パンを食べることができる!!
急いでパンを時間内に完食し、パッとカラスの方を振り返るとそこにはもうカラスの姿はなかった。
バイトの午後勤務には遅れずに行くことができた。
あの不思議な体験以来、馬越はカラスのことがあまり好きではない。
馬越を追い詰めたあの鋭い表情が今でも目に焼き付いている。
しかしいつかはそれを乗り越える必要があるだろう。
それが天才俳優の宿命なのだから。
また会おう。カラスよ。挑戦はいつでも受け付けている。イェア。