こんにちは
健康美人ともみです
体調について 私について
「健康美人」ともみ
実際は健康を目指しているともみです
ぎゅっとして健康美人ともみ
健康になって内側も外側も綺麗な人になりたいなっていう願望です
持病があり見た目が大きく変わってしまってからはそれは野望に近いかなと思いましたが、
努力ってこつこつしてればもしかしたら願いを叶える破片にはなってくれるのかなとは思い始めています
でも自信をもってまだそれははっきりと言えないもどかしさもあります。
入院中、闘病中
歯を食いしばって生きていました
具合が悪すぎて、あれ…もしかしたら私これから死ぬのかな…とよぎったこともあるし
自殺しようと何度か終わることに挑戦しています。
その度に生き延びたり悔しい思いをしたりして、心に刻みまくりました
自分で自分をめった刺しにするように、
絶対元の自分に戻ると決めました
覚悟のような気持ちでした
それまで蛹のようにじっとして、たえて、目を瞑り
時が来るまで動かない
虎視眈々でいいんだ。
今まで頑張りすぎたんだから。
もしかしたら奇跡が起きて元気になるかもしれない
それまでゆっくり生きていい。
年齢に焦るな、キャリアに焦るな、もうそのままでぶとして生きよう・・・
多くの友人は去ったが、今そばにいる人間はみな優しい
と思っていたなぁ
眼光が鋭かったり、何か寂しい目つきをしていたり
生きることに飽きたような顔つきが多かったかも
でもね~~~なんだかんだ治療が始まり
一粒のんだあの薬で何十年と苦しんだ症状がぶっとんで
え自分って小学校の頃から具合悪かったってやつ
体調の悪さにずっと気づかないで育っちゃったの
って思えたら虚しさを超えて笑えて来て
回復していき、
ストレッチがやっとできるようになったあの日からめきめき運動ができるようになって
今現在ややぽちゃのところで落ち着いております
人生で一番元気になったのが30歳なんだけど、全然遅いとは思ってないよ
私はいろんな体型になれて、いろんな体型の方に触れて
いろんなご病気の方に触れて、自分も病気で苦しんで、
ダイエッターや健康管理に勤しむ方々に触れて思うことがあります。
人を見た目で判断せばまぃね
(判断したらダメよ)
「この人太ってるな」
「この人病気なんだろうな」
「この人ほうれい線が濃くなったな」
と見た目からの認識でそう判断して思ったときに、
そこから派生する表現とか思いってあると思うんです。
嫌だけど、素直に「でぶがいる」「肌汚い」「タイプじゃない」って思うのは、脳内で思うまでならいいと思うんです。
そこから「痩せてほしいな」「見苦しい」「場所を選べ」って思うのはよろしくないと思います。
それって絶対的に見た目とあなたに関係ない点です。
体型も顔つきも、他者にあーだーこーだずばっと切られる必要はない
自分は自分なので、自分の人生を歩む。
そのうえで、自分の軸で判断した偏った考え方の言葉を
相手にわざわざ伝える必要があるかと思います。
わかってあげられないフリをして
気づかないフリをして
わざわざあえて傷つく言葉を投げかけるのってださーい
みじめ
伝えるとしても言葉の選び方ってあると思うんです。
愛があるからずばっとと言うのは愛ではない
と思うようになりました
自分の軸で相手を批評したり判断するのは本当にもったいないから
そういうことを伝えられるような健康美人になりたいな
闘病記、振り返って書いています。
よかったら見てください