名古屋は円頓寺に程近く、僕が愛してやまない一軒の店がありました。


今回店名を出すのは若干はばかられるので


昭和の時代から何十年も続く洋食系の店、とだけ言っておきましょう。


15人も入ればいっぱいのその店は、一日三時間週5日のみ営業(!)。


店は古武士の如きマスター(敬意を込めて以後ジジイと呼ばせていただきます)と、


往年の大映女優のようなマダムの夫婦で営まれておりました。


料理がバツグンに美味いのもさることながら、


なんと言ってもそのジジイの職人っぷりが実にお見事!な店でした。


一度に3つも4つも同時にフライパンをあやつる魔法のような手さばき。


両手と脇で抱え込んだ巨大なフライパンを全身のバネであやつる華麗な力技。


ストレートで無骨極まりない料理にさりげなく添えられる季節の薬味。


隠れた名店という言葉が真にふさわしい店でした。




と、ここまでずっと過去形で語ってきましたが、


実は今でもこの店は存在します、というのが今日のおはなし。




先日僕は久しぶりにこの店を訪れました。


扉を開けてまず驚いたのは、小奇麗に改装された店内。


そしてもっと驚いた事に、そこにはジジイもマダムもいませんでした。


かわりに、揃いの黒Tシャツに黒ハンチングの男子数名。


一瞬ひるみましたが、とりあえずは腰を落ち着けました。


メニューは以前からほぼ変わってないようでした。


仕込みに手間のかかる一部の料理がなくなっているのは少々気になりましたが、


少なくともまるっきり別の店になったというわけではないようでした。




いわゆる経営譲渡というやつでしょうか。


たしかにジジイの年齢を考えればいつ引退してもおかしくない状況でしたから、


いつそうなってもおかしくはなかった、というかむしろ、


こういう形でも残ってくれた事は奇跡にも近い、まさに僥倖というべきでしょう。



ところで突然話は専門的になりますが、ジジイ夫妻が経営していたころの収支は


僕の推定ではだいたい以下のようなものであっただろうと思われます。


月商  60万

仕入れ 15万

人件費(パートのおばあさん一人) 5万

水道光熱その他消耗品など  5万

償却 ゼロ

家賃 ゼロ


税金引いて残りが夫婦の取り分。


家業としてならまあ全然アリですが、会社として経営するということは、


ここから店長の給料出してバイト募集して時給出して


ジジイに対しても家賃かロイヤリティか何がしかの支払いが発生するであろうと考えれば


普通なら躊躇する、ていうかあきらめる。


なのにやってるのは、


「名店のともし火を絶やしたくない」という義侠心なのか、


まさかとは思いますががこれを足がかりにチェーン化でも考えているのか・・・。




ともあれ、新しい経営者が、ジジイが数十年かけて作り上げてきたジジイの店、ジジイの味を


そのまんまの形で引き継ごうとしていることはあきらかなようです。


確かに看板もメニューも値段も(ほぼ)そのまま。


そしてソースの味なんかは、確かにジジイのレシピをわりと忠実に再現していました。


しかし全体として見ると、


仕込みの時点であきらかに味付けを失敗している(というか味付けをし忘れてる?)料理があったり


手際の悪さは百歩譲って許すにしても、そのせいであおりものの仕上がりがグダグダだったりと


その完成度はジジイの時代とは雲泥の差、というか正直


「金とって出していいレベルじゃねーだろコレ」というものでした。




こういうクラシックな料理の技術は


専門書があるでなし調理師学校で教えてくれるわけでなし


一子相伝はおおげさにしても、そのまんまの味を継承するというのは


相当にハードルの高いものでありましょう。


そのあたりを、あまりにも甘く見積もっていたのではないでしょうか。




などと苦言を呈しつつ、


しかしとりあえず名店のともし火を普通だったら考えられないようなオトコ気で残してくれた人がいた、ということは事実であり、


その人がジジイとその味とその店を心から愛し尊重しているであろうこともおそらくは確かですので


あとはその志に現場の技術が追いついてくれることを心から願うばかりです。





願うだけでしばらく行く気はありませんが。