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土曜は、眠くて眠くて・・。

それでも予定を無理やり作って、起きていたが・・

予定が終わった途端に眠気が強くなるし・・おっそろしい。

 

その予定は、時間的にタイミングがなかった神社に参りに行くこと。

電車に乗ってまで行く場所。

以前に比べて、電車の車輪の回転速度が良かった・・

運転が荒いとかではなく、グリス入れたて感のある速さで動いてた。

 

その電車で行くほどの神社では、狛犬的な立ち位置の眷属を見に行きたかった。

(現実的に言えば、石工が美しい。けど、神社参拝が目的。)

今、ちょうど時期になってると思われる「茅の輪くぐり」。

眷属どころではなく、初めて見て、初めてやった。

今思い出すだけで、作法はあってたかどうかが悶々とする。

物珍しさの体験で実行したことの記憶が飛んでる。

 

右2回してしまったか、左2回してしまったか・・どっちだったか

左足から入ったか、右足から入ったか・・どっちだったか・・

礼はした・・あぁ・・祝詞を唱えてねぇ・・。

 

そもそも祝詞とか呪文などは、文章で書かれているものは

ギリギリ暗唱できるぐらいだし、言葉で復唱は、なお難しい。

記憶力というか・・社会性を遮断してる感覚ってのが正しい。

でなきゃ、(倉庫作業などの)ピッキング作業なんてできないよ・・。

言葉での復唱は難しいのは、右耳が聴こえないのが大きいかもしれない。

言葉を聞きながら(輪唱のように)追従しながら発するのが難しい。

自分の声で左耳は占拠されるから、相手の声がかき消されがち。

 

人との会話をしたときに「話を聞いてくれる人」みたいに映る。

(内心では、会話に割り込むと相手の声が聞こえにくいからアワワして、

騒音下では右からの声掛けは、何を言いたいのかキーワードを拾う努力をして、

ムッとする感じを出してしまう。)

(騒音下で仕事の依頼はしないほうがいい・・雑な返事しかしないし、

事なかれ主義に必然的になる。)

(伝言ゲームのように「あの人にこれ伝えておいて」は勇気がないから難しい。)