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土曜は、眠くて眠くて・・。
それでも予定を無理やり作って、起きていたが・・
予定が終わった途端に眠気が強くなるし・・おっそろしい。
その予定は、時間的にタイミングがなかった神社に参りに行くこと。
電車に乗ってまで行く場所。
以前に比べて、電車の車輪の回転速度が良かった・・
運転が荒いとかではなく、グリス入れたて感のある速さで動いてた。
その電車で行くほどの神社では、狛犬的な立ち位置の眷属を見に行きたかった。
(現実的に言えば、石工が美しい。けど、神社参拝が目的。)
今、ちょうど時期になってると思われる「茅の輪くぐり」。
眷属どころではなく、初めて見て、初めてやった。
今思い出すだけで、作法はあってたかどうかが悶々とする。
物珍しさの体験で実行したことの記憶が飛んでる。
右2回してしまったか、左2回してしまったか・・どっちだったか
左足から入ったか、右足から入ったか・・どっちだったか・・
礼はした・・あぁ・・祝詞を唱えてねぇ・・。
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そもそも祝詞とか呪文などは、文章で書かれているものは
ギリギリ暗唱できるぐらいだし、言葉で復唱は、なお難しい。
記憶力というか・・社会性を遮断してる感覚ってのが正しい。
でなきゃ、(倉庫作業などの)ピッキング作業なんてできないよ・・。
言葉での復唱は難しいのは、右耳が聴こえないのが大きいかもしれない。
言葉を聞きながら(輪唱のように)追従しながら発するのが難しい。
自分の声で左耳は占拠されるから、相手の声がかき消されがち。
◆
人との会話をしたときに「話を聞いてくれる人」みたいに映る。
(内心では、会話に割り込むと相手の声が聞こえにくいからアワワして、
騒音下では右からの声掛けは、何を言いたいのかキーワードを拾う努力をして、
ムッとする感じを出してしまう。)
(騒音下で仕事の依頼はしないほうがいい・・雑な返事しかしないし、
事なかれ主義に必然的になる。)
(伝言ゲームのように「あの人にこれ伝えておいて」は勇気がないから難しい。)