2つある。
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多くの人のやりたいことの方向性が定まらないのは
「中古品」が出回りすぎてるから・・とも言えるか。
動画やSNSで人生のネタバレをする感じではあるが、
中古品の「念」で
本家本元の「やりたいこと」と
中古品の前の持ち主の「やりたいこと」が
相殺しあって結局手付かず、だらしない生活になってるかも。
中古品が多ければ多いほど定まりが付きにくい・・。
定まってる人はそのまま突き進む意志の強さがあるが・・
八方美人、器用貧乏・・それ以上のつまみ食いで終わる。
「やりたいこと」が複数出てくる。
相殺してるとは言え・・
前の持ち主の「それまで」の「やりたいこと」も
「執着」も全部抱えることにもなる。
現在の「中古品」と「社会の関係」の印象は
そういうものを感じる。
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「親戚の集まり」は、
家で行う気概を持つ方が現代社会にはいい刺激になる。
若者がいくら「親ガチャ」だのと言おうとも、
唯一無二の家族だし、唯一無二の家系図だ。
私の場合、
小学生のうちに7~8人ほど親戚が無くなってるから、
二度と会えないことが、今更ながら悲しい心境に陥ってる。
顔も名前も、命日も、連絡先も何も知らない。
会ったことは覚えてる。
親戚は親のつながりだから、どちらか一方の親が亡くなれば、
ご縁途切れる。
親孝行は、身近で勇気さえ出れば実行難易度は低めだが、
今の社会では、親戚の集まりだけは難易度爆上がりよ。
体調的に動ける人が居るかどうか、
交代制などの働き方の違い、
誰の家で集まるか、
台所は広いか、座敷は有無で有る場合は広いかどうか、
そもそも参加する親戚はいるか、
連絡先は全員交換してるか、
鍋ならガスボンベの手配もしないといけない・・
色々考えさせられる。
親戚の集まりをしたことがない若者に
親戚の集まりの例え話をするとすれば、
「漫画やアニメの集合シーン」でワクワク感、
ゾクゾク感が出て、周知の話題でも盛り上がれると・・。
人間関係ではあるので、
意見の相違で親戚同士が口喧嘩をすることもあろう。
お酒が入ると暴走する人もいるだろう。
毎月のように親戚の集まりをしてる家系は
新鮮味はないと思うが・・
年2回しかしなければ、次に会えるかどうか
そういう人も出てくるからね。
スマホをいじってる暇はないと思う。
デトックスも兼ねて実行すれば、
今の世には良い刺激になると思う。
どんなにレアな品物を求めようとも、
親戚、家系図に居る者は、唯一無二で手に入らない。
