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今日は、なるべく寝ないように日中に起きていたが・・。
固有の「楽しみ」がないから、結局ウトウトする。
制限してるから楽しみがないのではなく、
学生時代に楽しみをゲームや友達同士で遊ぶことを軸としたから、
1人で修練するような趣味やチマチマする趣味などが、
すごく飽きっぽくなる。
20代の時代も熱量があった分、大半をSNSに使いすぎていた。
自慢合戦が特にそうだわ。
遊びや趣味の比較を大なり小なりという必要はないが、
「楽しみの刺激が強い」と副作用で「楽しみの刺激が弱い」と
なかなか着手できないもの・・。
楽しみの刺激が弱い状況を強いほうへと引き上げるのは、
相当な努力が必要だものなぁ・・。
学生時代に「お前は、10倍はがんばれ」みたいな・・
よくある言葉では足りないほどの努力。
ゲームやSNSという自分が作ったわけでもないフィールドで、
必死になってた時期はかなり楽をしていた時代ではあるということ。
インターネットをしていなかった頃の趣味のほうが、
持続性はまだある「楽しみ」ではあるかなぁ。
◆
努力をしたことがない分だけ努力の仕方がわからない。
デジタルの世の中なら、楽をしてる分だけ努力はしていないから、
アナログなことは新鮮味はあっても継続力に欠ける。
若者が会社をすぐ辞める理由の一つだと思う。
アナログなことに努力してこなかった、努力の仕方がわからないまま
大人になってしまって、自分の物差しの狭さを誤魔化すように辞めるのだろう。
(仕事を最長で45年繰り返すのか・・と怖気づいてしまうのもあるか。)
私の憶測だけどね。
勉学に熱を入れすぎて、他の楽しみに力を入れてなくても同じ。
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動画視聴も控えないとなぁ・・。
観れば見るほど自分自身が死人に思える。
過去のことでヘラヘラできるのは「誰かの未練」に囚われてるだけ。
「その誰か」の仏壇視点なのか。
自分の家族の思い出のアルバムやホームビデオが存在して、
それに対してヘラヘラする分にはいいが・・動画なんて赤の他人。
一方通行な面識で、ご縁があると思ってるだけの場合が多いでしょ
しつこく過去に囚われて、前進できない世の中に仕上げてる。
インターネットは誰とでも繋がってるようで・・
「実は誰とも繋がれていない」という反転現象が起きてる。
しかも、動画配信で同情心を煽れば、心配性も擦り減っていなくなる。
日本人らしい人情がどんどんなくなる。
取り込まれてはいけないから、動画配信は魔窟よなぁ・・。
半月~1か月ごとに同じ動画が出てくるもの・・。
サーバーの圧迫にしかならないし・・収益停止にもなるよね。
クリエイターという壁を壊して最初からなかったものと見てもいいぐらい。
ゲーム以上に個人の時間を縛るもの・・。
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「バベルの塔の崩壊」「最後の審判」と似たようなことが
もうじき起きるのではないかと思えるほどの人の欲張りが最大限に来てる感覚。
異常な感覚がしてくるのよ・・。
「節度のある楽しみ方」をしないとね。
「後ろを振り返ってはいけない」「箱を開けてはいけない」
「中をみてはいけない」「扉を開けてはいけない」など
神話や昔話の教訓でもあるからね・・過度な探求心は時として破滅を招く。
この4つの例だけでも、パソコンと動画のことっぽく聞こえるし・・。