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現代社会は、行動経済学などで「楽しみ」を促されっぱなし。

その「楽しみ」は「呪い」に近いものもある。

楽しみを楽しみで塗り替えていかないと「生きることに飽きる」不安が、

出てきやすくなると思う。

「メンタルの壊れやすさ」や「睡眠が不規則な生活スタイル」になる。

 

単純で地道に作業できる趣味を継続ができているなら、

「楽しみ」に呪われていない。

裁縫も器用だからと手縫いを優先するとか、アクセサリー作りとか・・。

なるべく市販の便利な治具を使わないような意識。

 

「楽しいこと中毒」や「好きなこと中毒」と言われるものだが、

「動画配信を排除しなかったこと」「生業から職業に変えてしまったこと」が

現代社会の未来は、世界中が苦しむだろうなぁ・・と思ってる。

 

苦しいことを乗り越えて、特定分野で器用になった自分で楽に生きるか。

(自分の有意義さで、自分一人で精進しやすくなる。)

特定の分野で、器用さを前に出されれば、教える側に立つことも可能な人生。

 

楽しいことばかり突き進んで、特異になって周りを苦しませて生きるか。

(巻き込んだなら巻き込み続けろ、始末が悪くなる。)

そしていつしか、自分が苦しくなり、心酔してる人も苦しませる人生を歩む。

 

どちらが生きやすいか・・。

「維持のしやすさ」を考えても「苦しい道」のほうがすごく楽なのよね。

楽しい道を考えても苦でしかない。

機械でもなければ、周囲の情勢は常に変化する・・その度に自分に向いてほしい、

そういう欲求が強くなるが「人は飽きるもの」だ。

その欲求の強さと意識の集中力は・・

「政治家をしたほうが良いのではないか」と思うほどの集中力。

しかし、それをし始めると叩かれる議員になりがち。

 

動画配信なんて、登録者数が多ければ多いほど・・業を背負うことになるから、

あとで同情し合って生きることになるのだろうなぁ。

それで人生を無駄にするのは、面白さがないなぁ。

 

「嫉妬」は「無関心」や「祝福」が対義語に上がりやすいが、

国語的な意味でそうであって・・

ネガティブ・ポジティブの意味合いでは「精進」だと思うのよね。

他にも浮かんだものはあったが、思い出したら書くとしよう。

 

実態のある仕事ならいいと思うが、ネットでの活動や仕事での「精進」は違う。

どちらかと言えば

「精進してまいります」ではなく「目移りしてまいります」のほうが、

理にかなってると思うのよ・・。

嫉妬される仕事でもあるなら「目移りが仕事である」といったアピールが、

最も適切な流れかもしれない。

 

そして目移りは、精進(修行)ではないから、

宗教的意味合いや心持ちの人にとっては、これは仕事ではないと感じる。

実際、仕事ではないのだが・・小賢しい生き方で、楽をして稼いでるだけ・・

あとで痛い目を観るのは、己だけではないということよ。