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誰もしない仕事に対し、黙々と整備・整理をしていたが、
こうしないでくれと言われた。
威圧的に強く言われた、すごく嫌だったなぁ。
その作業は本筋とは違う仕事で、それをしていれば多少、作業が軽くなる印象。
ほとんど私がしていたが、本当に私が悪いのだろうか・・。
経営管理上の都合で、グチャグチャになりがちな私の勤める工場。
明らかに抱えすぎであることを黙認しつつ、誰もその作業をしなかった。
不公平性の弊害が凄まじいこと・・。
明らかに暇な人間は多かった。
良識的に考えて、組織として動いてるなら手が汚れようとも、
その作業をすべきだろうと思うのよね。
仕事量過多で、てんやわんやになりながら、その作業をしていた。
本筋には何の影響も与えないほどの作業ではあった。
今まで周りはする必要ないと放置していた作業ではあるが、
本当にする必要がない作業でもなくて、
それをするだけで、ほんのり作業速度が上がり、作業も軽くなる。
効率性が改善をしてる、実体験。
工場が違えば・・経営方法が違えば・・と思えば、
一族経営の悪い癖が残ってる株式会社は、この程度なんだろうなぁ・・。
組織なのに、連携や協調性もないし・・「主体性がない組織文化」ってところか。
現にリレー式で仕事の押し付け合いみたいなところがあるし・・
それで仕事量の調整が効いてないってのはある。
こういう会社の背中を追いすぎて、ケチでガメい性格に変わる可能性もある。
(間違った責任意識で、カスハラ体質の性格に転じる可能性はあり得る。)
大手の工場は「誰もしない仕事」が生まれることを回避するのが上手いでしょ。
仕事量の調整ができてるから、映像的に笑顔が出るのよ。
そして工場も明るくキレイで、ボロさはあまりない。
◆
工場の仕事力と組織文化は「工場の状態」と「工場の作り手の態度」で決まる。
工場の状態がボロければ、それだけ仕事力は偏りを持つ。
それは、作り手が修理依頼を上司に言えない空気感をもたらすから、
あるいは、観て見ぬふりが常態化してる。
整理整頓ができていない、掃除ができていない、鳩対策が万全ではない、
地面の波うちやモルタルの剥がれ、ガラス戸の破損の放置など
見える修正箇所を放置、食品工場ではないからと衛生にも気を付けない。
作り手の態度が悪ければ、仕事量に偏りがあり抱え込みすぎて、
適切な対話と表情に余裕が持てない・・。
それは今までの組織文化が物語って、DVや虐待の性格に変化する可能性を
秘めつつも、我慢させ続ければ「感情や心の死」が招き始める。
その光景が態度が悪く見せてしまう、我慢の限界あるいは感情を隠せない状態。
時として、責任転嫁(他責)が正しい時もある。
状況把握力がその過酷な中で身に付けば、社会のそういう穴をつくことも。
中途半端に上司化すれば、セーブデータが荒んだ心のままになるから、
「荒んだ心」を組織が認めたことになり、ずっとその工場の組織は代々悪くなる。
経営者はその責任はないと逃げ続ける。