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誰もしない仕事に対し、黙々と整備・整理をしていたが、

こうしないでくれと言われた。

威圧的に強く言われた、すごく嫌だったなぁ。

その作業は本筋とは違う仕事で、それをしていれば多少、作業が軽くなる印象。

 

ほとんど私がしていたが、本当に私が悪いのだろうか・・。

経営管理上の都合で、グチャグチャになりがちな私の勤める工場。

明らかに抱えすぎであることを黙認しつつ、誰もその作業をしなかった。

不公平性の弊害が凄まじいこと・・。

明らかに暇な人間は多かった。

良識的に考えて、組織として動いてるなら手が汚れようとも、

その作業をすべきだろうと思うのよね。

仕事量過多で、てんやわんやになりながら、その作業をしていた。

本筋には何の影響も与えないほどの作業ではあった。

 

今まで周りはする必要ないと放置していた作業ではあるが、

本当にする必要がない作業でもなくて、

それをするだけで、ほんのり作業速度が上がり、作業も軽くなる。

効率性が改善をしてる、実体験。

 

工場が違えば・・経営方法が違えば・・と思えば、

一族経営の悪い癖が残ってる株式会社は、この程度なんだろうなぁ・・。

組織なのに、連携や協調性もないし・・「主体性がない組織文化」ってところか。

現にリレー式で仕事の押し付け合いみたいなところがあるし・・

それで仕事量の調整が効いてないってのはある。

こういう会社の背中を追いすぎて、ケチでガメい性格に変わる可能性もある。

(間違った責任意識で、カスハラ体質の性格に転じる可能性はあり得る。)

 

大手の工場は「誰もしない仕事」が生まれることを回避するのが上手いでしょ。

仕事量の調整ができてるから、映像的に笑顔が出るのよ。

そして工場も明るくキレイで、ボロさはあまりない。

 

工場の仕事力と組織文化は「工場の状態」と「工場の作り手の態度」で決まる。

 

工場の状態がボロければ、それだけ仕事力は偏りを持つ。

それは、作り手が修理依頼を上司に言えない空気感をもたらすから、

あるいは、観て見ぬふりが常態化してる。

整理整頓ができていない、掃除ができていない、鳩対策が万全ではない、

地面の波うちやモルタルの剥がれ、ガラス戸の破損の放置など

見える修正箇所を放置、食品工場ではないからと衛生にも気を付けない。

 

作り手の態度が悪ければ、仕事量に偏りがあり抱え込みすぎて、

適切な対話と表情に余裕が持てない・・。

それは今までの組織文化が物語って、DVや虐待の性格に変化する可能性を

秘めつつも、我慢させ続ければ「感情や心の死」が招き始める。

その光景が態度が悪く見せてしまう、我慢の限界あるいは感情を隠せない状態。

時として、責任転嫁(他責)が正しい時もある。

状況把握力がその過酷な中で身に付けば、社会のそういう穴をつくことも。

中途半端に上司化すれば、セーブデータが荒んだ心のままになるから、

「荒んだ心」を組織が認めたことになり、ずっとその工場の組織は代々悪くなる。

経営者はその責任はないと逃げ続ける。