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「バイオハザード9 レクイエム」
ネタバレの仕方が解説式じゃなくても、哲学的な言い回しでもネタバレになる。
一例
トレーラーで「エルピス」と明言されてしまってから、
「悪人にとって「希望」とは何か、善人にとって「希望」とは何か」。
過去作をしてない前提で言えば、これだけでネタバレだもの・・。
今作のゲームの骨組みの中でも脊髄の部分。
それを思いながらゲームを実行するか視聴するかすれば、
ドラえもん映画の「絵世界物語」と大差がないことに気が付く。
過去作のセルフオマージュ過多で肉付けされたストーリー感が
人によっては「よく分からない」となり始める。
骨組みの脊髄なので、ほかにも動く骨は存在してるから(そこは解説式で)、
それに肉付けされたストーリーでもある。
◆
セルフオマージュ過多の場合、
「懐古で揺さぶられる人」と「既視感のあるものを観たくない人」で、
極端に認識の分離が起きると思われる。
前者は、懐かしさを感じれる精神年齢と思考力で、ワクワクすることが好き、
自分の居場所にいる証でもあるかもしれない。
言ってしまえば「成長・前進型の思想」か。
後者は、おそらく「終わったことを掘り返さない思考」「仕事人間の思考」で
既視感のあるものを観ると面倒だと感じ、ストーリー性を盲目にさせる。
言うならば「完了・完遂型の思想」か。
●
「終わったことを掘り返さない思考」が起きる原因
仕事を覚えるのに必死だったり、会社の「認識に合わせる」ことを繰り返して
日常の行動を記憶することが難しくなる時がある。
これは至って自然なことで、人の脳内予定のリスト量には上限があるから、
会社のことばかり気にしすぎて、日常に支障が出てる状態ではある。
この補正は人によっては、すぐ切り替えれても、3年で落ち着く人もいれば、
12年で落ち着く人もいる・・。
補正中は「精神疾患」扱いではなく「内省して自己理解、原因究明」をするほうが、
一番の近道。
補正時間が5年以上かかれば、ちょっとしたミスでも、すごく落ち込み・・
仕事の修正ですら嫌になって「終わったなら終わったでいいだろ」となる。
それ以上の年数で自己洗脳をしてしまって、感性がおかしくなる。
繰り返し作業が難しくなったり、既視感のあるものを観たいと感じなくなる。
ちょっとした風景の変化でも「同じでしょ」と自分の感受性から離れる。