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「バイオハザード9 レクイエム」

ネタバレの仕方が解説式じゃなくても、哲学的な言い回しでもネタバレになる。

 

一例

トレーラーで「エルピス」と明言されてしまってから、

「悪人にとって「希望」とは何か、善人にとって「希望」とは何か」。

 

過去作をしてない前提で言えば、これだけでネタバレだもの・・。

 

今作のゲームの骨組みの中でも脊髄の部分。

それを思いながらゲームを実行するか視聴するかすれば、

ドラえもん映画の「絵世界物語」と大差がないことに気が付く。

過去作のセルフオマージュ過多で肉付けされたストーリー感が

人によっては「よく分からない」となり始める。

骨組みの脊髄なので、ほかにも動く骨は存在してるから(そこは解説式で)、

それに肉付けされたストーリーでもある。

 

セルフオマージュ過多の場合、

「懐古で揺さぶられる人」と「既視感のあるものを観たくない人」で、

極端に認識の分離が起きると思われる。

 

前者は、懐かしさを感じれる精神年齢と思考力で、ワクワクすることが好き、

自分の居場所にいる証でもあるかもしれない。

言ってしまえば「成長・前進型の思想」か。

 

後者は、おそらく「終わったことを掘り返さない思考」「仕事人間の思考」で

既視感のあるものを観ると面倒だと感じ、ストーリー性を盲目にさせる。

言うならば「完了・完遂型の思想」か。

 

 

「終わったことを掘り返さない思考」が起きる原因

 

仕事を覚えるのに必死だったり、会社の「認識に合わせる」ことを繰り返して

日常の行動を記憶することが難しくなる時がある。

これは至って自然なことで、人の脳内予定のリスト量には上限があるから、

会社のことばかり気にしすぎて、日常に支障が出てる状態ではある。

 

この補正は人によっては、すぐ切り替えれても、3年で落ち着く人もいれば、

12年で落ち着く人もいる・・。

補正中は「精神疾患」扱いではなく「内省して自己理解、原因究明」をするほうが、

一番の近道。

 

補正時間が5年以上かかれば、ちょっとしたミスでも、すごく落ち込み・・

仕事の修正ですら嫌になって「終わったなら終わったでいいだろ」となる。

それ以上の年数で自己洗脳をしてしまって、感性がおかしくなる。

繰り返し作業が難しくなったり、既視感のあるものを観たいと感じなくなる。

ちょっとした風景の変化でも「同じでしょ」と自分の感受性から離れる。