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セラピーが適応できるのは、その人が関心がある時だけ・・。
色も、音楽も、動物も・・
頑なに求めて関心がなければ、セラピーを受ける側も学ぶ側も
「なぜそうなるのか」の原理がそもそも分からなくて、
フワフワした部分もあれば、脳科学がどうこう言う場合もあれば
「よく分からない部分が強い」ということで・・。
ストレススイッチが如何なるものか、どこが源流か・・
関心事は何か、好奇心は何か・・
自由を得たとき、拘束されて嫌なとき・・
いろんなフィルターを通したアンケートで、
どのセラピーが最適かが分かれば、まぁいいが・・。
受ける側が、その適したセラピーを自己分析ができてる時点で、
セラピーの必要性はないのよねぇ・・。
無関心、好奇心がないことも、特定のセラピーは適用できない。
自己分析ができないほど追い詰められて、
関心事を塞ぎこむような状態で・・
ストレススイッチやトラウマスイッチが入るようなら、
セラピーはしやすい相手だが・・
今のネット時代では宗教や占い師のような立ち位置で、
調べて勝手にそうだと思い込む自己分析ができる時代だからね。
セラピーとしての能力の研鑽の場が少ない時代でもあるのに、
セラピーという存在意義がいまだに存在する。
セラピーって、ファッションデザイナーのような立ち位置で、
名が売れたら売れっぱなし(要努力)。
大量生産や物質的満足な時代には、埋もれてしまう存在ではある。
◆
私はユーキャンから「カラーセラピー」を過去に受講したことがあるが、
セラピーとしての一括りではなく(やわらかい話術は研鑽しないとできないが)、
私の中で「色心理」の理屈っぽさが相性がいいのよね。
オラクルカード(タロット)もできるし、
そういう分析的なことが割と好きなほうではあるかもしれない。
ストレスやトラウマのスイッチが介入しない自尊心の部分が、
それなのかもしれない。