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セラピーが適応できるのは、その人が関心がある時だけ・・。

 

色も、音楽も、動物も・・

 

頑なに求めて関心がなければ、セラピーを受ける側も学ぶ側も

「なぜそうなるのか」の原理がそもそも分からなくて、

フワフワした部分もあれば、脳科学がどうこう言う場合もあれば

「よく分からない部分が強い」ということで・・。

 

ストレススイッチが如何なるものか、どこが源流か・・

関心事は何か、好奇心は何か・・

自由を得たとき、拘束されて嫌なとき・・

いろんなフィルターを通したアンケートで、

どのセラピーが最適かが分かれば、まぁいいが・・。

 

受ける側が、その適したセラピーを自己分析ができてる時点で、

セラピーの必要性はないのよねぇ・・。

無関心、好奇心がないことも、特定のセラピーは適用できない。

 

自己分析ができないほど追い詰められて、

関心事を塞ぎこむような状態で・・

ストレススイッチやトラウマスイッチが入るようなら、

セラピーはしやすい相手だが・・

今のネット時代では宗教や占い師のような立ち位置で、

調べて勝手にそうだと思い込む自己分析ができる時代だからね。

セラピーとしての能力の研鑽の場が少ない時代でもあるのに、

セラピーという存在意義がいまだに存在する。

 

セラピーって、ファッションデザイナーのような立ち位置で、

名が売れたら売れっぱなし(要努力)。

大量生産や物質的満足な時代には、埋もれてしまう存在ではある。

 

私はユーキャンから「カラーセラピー」を過去に受講したことがあるが、

セラピーとしての一括りではなく(やわらかい話術は研鑽しないとできないが)、

私の中で「色心理」の理屈っぽさが相性がいいのよね。

 

オラクルカード(タロット)もできるし、

そういう分析的なことが割と好きなほうではあるかもしれない。

 

ストレスやトラウマのスイッチが介入しない自尊心の部分が、

それなのかもしれない。