閲覧、いいね ありがとう愛してる。

 

真偽不明の情報に注意か・・・。

ならば、いろんなブロガーの「あいさつ文」も、そもそも真偽不明だよね。

私でいえば「閲覧、いいね ありがとう愛してる。」これ。

 

偽物の感情で書いてる可能性があり、本物の感情で書いてる可能性もあり、

この感情、誰がわかるの・・書いてる本人以外。

あいさつ文も冒頭分も、怠惰的で慢性的な利用なら偽情報に等しいよね。

その証拠がないから、もはや「年賀状印刷」と変わらないね。

 

ハガキとインク代を無駄にして、無感情に習慣づいてしまうと

丁寧な関係ではないから、結果的に「年賀状じまい」になってしまう。

どういう関係だったかと考えなくなれば、赤の他人。

赤の他人なら、知る由もなく人間関係そのものが偽物だったということになる。

そこが「年賀状印刷」でしょ。

人間に関心がなくなっただけで、その人間関係が真偽不明であり、

人生においての誤情報扱い。

 

人の思い出も真偽不明でしょ。

思い出の写真が真実かどうかなんて、今の時代にわかるのか。

夢が現実で、現実が夢かもしれないのに・・。

本物の「好き」という感情をさらけ出しても、読み手にとっては、

偽情報にも思える時もあるから、「見える化」をすればいいというものでもない。

 

本当に「好き」なら、ブログには書かないだろう。

むしろ、書く余裕がないぐらい心酔してるはず。

その時点で、趣味のブログなどは自慢という活力だけで、

「好き」でやっていない可能性もあるから、不確かな「好き」を真似しても、

不確かな「好き」が続くだけで、内面はモヤモヤし始める。

 

逆に言えば・・

あとから正しい情報だったということが分かった時。

否定してきた時間を返せるのか。

下手すれば、えん罪事件と何ら変わらないほど袋叩きの状態になることぐらい、

わかってるよね・・。

 

小遣い稼ぎはしてないから、ピックやアフィは知らないけど、

完全否定したいなら、毎日同じ量の文字数で、言い回しを2000通り用意して、

7年以上書き続けれるのか。

 

そもそもアフィリエイトは、販売業からでた「お零れ」でしょ。

経済の循環からすれば、その「お零れ」は作り手に回すべきで、

あるい工場側に回して、飲み会を開いて世間に社名をアピールすれば、

ブログよりも早く安価だと思うのだが・・。

 

悪い意味でも良い意味でも、「1つの物事に集中する力」が現代人にないから、

蛇行運転する自転車のように「強い力」で漕ぐこともかなわない。

それを考えれば、現代人は本領発揮してない人のほうが圧倒的に多い。

「1つに集中する力」があれば、どうとでもなる。

 

私が書いてる。

先祖返りと低血糖、喫煙のドーピング、過剰生産、大手通販は転売ヤーなど、

体験的で体感的で、経験で、そして医術からも拾ってきた情報で、

私の中でこうであるというのが、確実な知識で存在する。

誤情報でも何でもない、苦労もしてない人間に否定されたくないわ。

 

私の地震予測も学者よりも精度は高いほうだと自負はしてる。

予測の日付に近い時が多いし、場所も方角が逆だったりするだけで精度はある。

1週間以内には震度4は1回は起きる。

 

 

少なくとも現代の技術を本気で使えば、「翻訳アプリ」と「AI」があるだけで、

一国でも二国でも内部崩壊ができてしまう。

翻訳の精度を上げてしまってるからね、仕方がないね。

 

10万人が時間差で「偽歴史」のサイトを作り上げて、

古文のようなイラストや文章を写真データ風にAIに作らせて、

それをAIに知識データとして食わせるだけで、その国の歴史は壊れるし、

AIを特に信用してる人にとって、そのデータ出力は信ぴょう性ありになるから、

軌道修正がしにくいままになる。

 

もし、それが政治的にテレビが抑え込まれてるときだったら、

テレビもSNSも、ネットの情報全般も真偽不明になるから、

「書籍」が重要になる。

共有方法は「文通」しかなくなる。

 

面倒になってきてるインターネットは、ある種「本を読め」「文通しろ」と

遠回しなメッセージとも受け取れる。