閲覧、いいね ありがとう愛してる。
真偽不明の情報に注意か・・・。
ならば、いろんなブロガーの「あいさつ文」も、そもそも真偽不明だよね。
私でいえば「閲覧、いいね ありがとう愛してる。」これ。
偽物の感情で書いてる可能性があり、本物の感情で書いてる可能性もあり、
この感情、誰がわかるの・・書いてる本人以外。
あいさつ文も冒頭分も、怠惰的で慢性的な利用なら偽情報に等しいよね。
その証拠がないから、もはや「年賀状印刷」と変わらないね。
ハガキとインク代を無駄にして、無感情に習慣づいてしまうと
丁寧な関係ではないから、結果的に「年賀状じまい」になってしまう。
どういう関係だったかと考えなくなれば、赤の他人。
赤の他人なら、知る由もなく人間関係そのものが偽物だったということになる。
そこが「年賀状印刷」でしょ。
人間に関心がなくなっただけで、その人間関係が真偽不明であり、
人生においての誤情報扱い。
人の思い出も真偽不明でしょ。
思い出の写真が真実かどうかなんて、今の時代にわかるのか。
夢が現実で、現実が夢かもしれないのに・・。
本物の「好き」という感情をさらけ出しても、読み手にとっては、
偽情報にも思える時もあるから、「見える化」をすればいいというものでもない。
本当に「好き」なら、ブログには書かないだろう。
むしろ、書く余裕がないぐらい心酔してるはず。
その時点で、趣味のブログなどは自慢という活力だけで、
「好き」でやっていない可能性もあるから、不確かな「好き」を真似しても、
不確かな「好き」が続くだけで、内面はモヤモヤし始める。
◆
逆に言えば・・
あとから正しい情報だったということが分かった時。
否定してきた時間を返せるのか。
下手すれば、えん罪事件と何ら変わらないほど袋叩きの状態になることぐらい、
わかってるよね・・。
小遣い稼ぎはしてないから、ピックやアフィは知らないけど、
完全否定したいなら、毎日同じ量の文字数で、言い回しを2000通り用意して、
7年以上書き続けれるのか。
そもそもアフィリエイトは、販売業からでた「お零れ」でしょ。
経済の循環からすれば、その「お零れ」は作り手に回すべきで、
あるい工場側に回して、飲み会を開いて世間に社名をアピールすれば、
ブログよりも早く安価だと思うのだが・・。
◆
悪い意味でも良い意味でも、「1つの物事に集中する力」が現代人にないから、
蛇行運転する自転車のように「強い力」で漕ぐこともかなわない。
それを考えれば、現代人は本領発揮してない人のほうが圧倒的に多い。
「1つに集中する力」があれば、どうとでもなる。
◆
私が書いてる。
先祖返りと低血糖、喫煙のドーピング、過剰生産、大手通販は転売ヤーなど、
体験的で体感的で、経験で、そして医術からも拾ってきた情報で、
私の中でこうであるというのが、確実な知識で存在する。
誤情報でも何でもない、苦労もしてない人間に否定されたくないわ。
私の地震予測も学者よりも精度は高いほうだと自負はしてる。
予測の日付に近い時が多いし、場所も方角が逆だったりするだけで精度はある。
1週間以内には震度4は1回は起きる。
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少なくとも現代の技術を本気で使えば、「翻訳アプリ」と「AI」があるだけで、
一国でも二国でも内部崩壊ができてしまう。
翻訳の精度を上げてしまってるからね、仕方がないね。
10万人が時間差で「偽歴史」のサイトを作り上げて、
古文のようなイラストや文章を写真データ風にAIに作らせて、
それをAIに知識データとして食わせるだけで、その国の歴史は壊れるし、
AIを特に信用してる人にとって、そのデータ出力は信ぴょう性ありになるから、
軌道修正がしにくいままになる。
もし、それが政治的にテレビが抑え込まれてるときだったら、
テレビもSNSも、ネットの情報全般も真偽不明になるから、
「書籍」が重要になる。
共有方法は「文通」しかなくなる。
面倒になってきてるインターネットは、ある種「本を読め」「文通しろ」と
遠回しなメッセージとも受け取れる。